囚ーtorikoー | ナノ






いつも元気なナルトが、今朝は珍しく沈み込んでいる。

「イルカ先生、昨夜はごめんってばよ…」

突然、愁傷に謝りだしたナルトを見やる。

「なんだ?どうしたんだ?ナルト。」

何かあるのだろうと思っていたがイルカは何もいわずにいた。
ナルトは顔を合わせられず、俯くと。

「なんか…俺ってば…イルカ先生に…迷惑かけた、から。」
「迷惑?」
「……うん。」

(やっぱり、昨夜の事を気にかけてたんだな。)
その様子を見てイルカは、多分そうだと思った。きっと何かの拍子に、ナルトは昨夜の事を思い出したのだろう。
泥酔した自分の情けない姿など、誰であろうと知られたくないし、進んで見せたいとも思わない。
ましてや、中忍になってからも、恩義のある者に以前とそう成長していないのだと思われたくはない…だから迷惑をかけた、とナルトはそういいたいのだろう。
ナルトらしいといえば…そうなのだが。
(こんな表情をさせたくなかったんだけどなぁ…)
目を伏せて、何かを恐れ怖がっているようなそんな表情を見せるナルトに、イルカは心の中でため息をつく。

「別に俺は、お前に迷惑かけられたなんて思ってないよ。」

ナルトが慌てた様にパッと顔を上げる。

「俺ってば、もう中忍で一人前の忍だってばよ…一人前になったのに、先生に迷惑かけて……俺ってば、」

上手く自分の言いたい事がいえずに、またナルトは口ごもり俯いた。
その仕草はアカデミーにいた頃、よく悪戯をしてイルカに怒られて反省しているナルトの姿と重なる。

「…まぁ、」

イルカがナルトに手を伸ばして、その金色の頭を自分の懐に引き込んだ。

「それは相手次第だろ?」
「せ、センセ?!」

驚いてナルトが見上げるとイルカは宥めるように頭を軽く叩いた。

「バカだなぁ。ナルト。お前が俺に迷惑かけたって勝手にそう思っているけれど、俺は迷惑って思ってないんだよ。」
「で、でも…」
「いっただろう?相手次第なんだよ。俺はお前に迷惑をかけられたって、これっぽっちも思っていないし、それに、そんなはた迷惑な奴だったらとっくの昔に部屋から追い出しているよ。」

心を開き、信頼しているからこそナルトがこんな姿を見せてくれるのは、自分だけしかいないとイルカは自負している。
あの時からイルカはナルトのすべてを、その存在を受け入れようと決意したのだ。

「だから、な?昨夜の事は気にしないでいいんだ。」
「…」

いつも優しい手の感触が、イルカの気持ちをナルトに伝えてくる。
それは、とても安心できるもので…

「…うん…」

ナルトは蒼い瞳を一瞬だけ揺らして、頷くと微笑む。
一瞬の優しい沈黙がイルカとナルトの間に漂った。

「でもな〜ナルト。」
「?」

さっきの優しい口調とはうって変わって呆れた様な口調でポンと肩を叩かれ、ナルトは怪訝そうにイルカを見る。

「迷惑じゃないけど、泥酔してベロンベロンのお前を背負いこんで家路に着く時にな、お前のあまりの酒臭さにその辺に置いて帰ろうかなんて…思った事は正直あったけど、な?」

イルカは悪戯っぽくナルトを見つめてニヤリと笑った。

「!イルカ先生っ、それって…それってなんだってばよ〜酷い言い草だってばっ!せっかく感動してたのに!!」

ナルトが顔を真っ赤にして、イルカの腹をこづく。

「いや、だって本当に臭かったんだよ。」
「ムキーっ!!」

ようやくいつもの調子を取り戻したナルトを見て、イルカは笑った。
ナルトはやっぱりこうでないと。


「んじゃイルカ先生、俺ってばココで!」

待機所『雅楽』まで来ると、ナルトはイルカを振り返る。

「おぉ、そうか。」

かくいうイルカも今日はアカデミーではなく、火影直属の特別執務室へ行く途中だ。 特別執務室と、待機所・雅楽は距離的に近いのでナルトとは、ここで別れる。

「うん!先生、仕事頑張れってばよ!」

片手を挙げてナルトが笑うと、雅楽へと入っていく。

「お前もな!」

その後ろ姿にイルカが叫んだ。
一度ナルトがイルカを振り向き大きく手を振った。

「わかってるってばよ!」

先ほどまでの落ち込み様は何処へやら。けれど、落ち込んでいるよりやはり今の、元気な方が一番ナルトらしい。

「…さて、俺も頑張るか…」

雅楽へと入って行ったナルトの後ろ姿を見送ると少し吐息をついて、イルカもそこから歩き出す。


「イルカさん、おはようございます。」
「おはようございます。」

太陽の眩しい光が廊下を照らす中、行き交う同僚がイルカに声をかけ、イルカもそれに挨拶を返した。
(あれは…)
特別執務室へ向かうイルカが、思わずその足を止める。
執務室のドアを開けて廊下に出たのは、少し遠めでも目立つ猫背の長身。銀色の髪が鈍く光を弾き、素顔の大半を額宛とマスクで隠す特異なその姿は…
(…カカシ上忍)
カカシの方もイルカに気づいた様で、こちらに視線を向け軽い足取りで歩いて来る。

「あぁ…イルカさん。オハヨウゴザイマス」

唯一外界に晒されている右目を細めて、挨拶をする。

「…おはようございます。カカシさん。」

ぎこちなく、イルカも挨拶を交わした。

「今日は任務明けなのですか?」
「ハイ。今、報告書を提出してきたのでこれから部屋に帰るところです。」

イルカの問いに気だるげにそういって、カカシが微笑む。

「ま、その前にちょっと酒でも引っ掛けてから……ですけどネ。」
「そうですか……任務お疲れ様です。」

内部事情を知っているイルカはカカシを労う。
現在の里は、まだ以前、不安定なままだからだ。任務が明けた、からといって休む間もなくまた任務を火影から言い渡される事も少なくない。
特にカカシほどの能力を持った忍は休暇もないに等しいだろう。
(…カカシさんも難儀なことだ。)
イルカは、ほんの少しカカシに同情した。

「貴方はこれから出勤ですか?」
「はい。」
「そうですか。まぁ頑張って下さいネ。」

カカシは目で挨拶をすると歩き出した。
イルカもそんなカカシを見送る。

「あ、そうそう。」

一メートル手前でカカシが突然、背後にいるイルカを振り返った。

「?」
「ナルト…昨日はどんな感じでした?」
「は?」

唐突にカカシにそういわれイルカが瞠目する。
イルカを受け流す様にカカシが微笑した。

「昨日アカデミーの任務だって…聞いたもので。」
「あぁ…」

イルカは戸惑っていた。カカシの口からよもやナルト、という名前を今出されるとは思いもしなかったから。
でも……とイルカは思い返す。
カカシは以前、ナルト達、第七班の担任教師だったが反面カカシが亡き三代目の命令でナルトの監視役についていたのはイルカとて、知っている。
そのカカシが今、ナルトの事を聞いたという事は……
(未だ…三代目の命令は生きているという事か…)
脳裏に偉大なる人の面影を浮かべ、イルカは微かに眉を顰める。
中忍になり、いくらナルトが九尾のチャクラ・コントロールをマスターしたとはいえ、万が一がないとは誰にも――ましてやナルト自身にさえも絶対ないとはいえない。
里はそれを懸念し、これからも九尾への監視を続けなければならない。
そして、カカシもナルトが生きている限り続けなければいけないのだろうか……例え、ナルトの性分を知っていたとしても。

「―俺は」

躊躇いがちにイルカは口を開いた。

「初めて、中忍になってからのアイツの仕事を目の当たりにしましたけど……アイツは良くやっていましたよ。多少、雑だなというのもありましたけど、でも目を覆うほどの問題はなかったです。」

昨日のナルトの行動を思い出しながらイルカが、そういった。現にナルトはよく仕事をこなしていたからだ。

「そうですか。」

素っ気ないカカシの返事に、イルカはカカシを凝視する。
自分ほどではないが、もう少しナルトへの反応が欲しいと思うのはおかしいのだろうか?
ナルトの事を聞いてきたのはカカシの方なのに、それ以上、話が成り立たないでいる。
なら何故、カカシはイルカにナルトの事を聞いたのか? 奇妙な違和感にイルカは微かに眉を顰める。

「あの…」
「あぁ、もう時間ですよね。スイマセン。足を止めてしまって。」

イルカが問いかけようとした時、唐突にカカシから終わりを告げられ口をつぐむ。
何かをいおうとしても言い出せない雰囲気をカカシが纏っている。

「では、これで失礼しますね。」

もう一度そういい、カカシは今度こそイルカの前から立ち去った。

イルカは複雑な表情を浮かべつつ、またカカシを見送る破目になった。
(貴方はいったい何故…ナルトの事を…?)
遠ざかる猫背の背中に、問いかけても答えを返しはしない。
例えカカシに直接、聞いたとしても変わらないだろう。

そうして。
ようやく立ち去って後その違和感の原因に気がついた。
カカシならばわざわざ、自分に聞かなくとも昨日の任務の提出書を見れば分かるはずだ、という事に。
なら、どうしてカカシは自分にそれを聞いたのか?
わからない。わからないけれど…ただイルカに分かっているのは『カカシ』が『ナルト』の事を聞いたという事。
それだけのはずなのに、何処か引っかかる気がするのは思い過ごしなのだろうか…。

未だ払拭されない奇妙な違和感。
それは、イルカの心に翳を落した。

fin.





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