囚ーtorikoー | ナノ






「カカシ先生っ」

任務を終了して解散、そして帰ろうとするカカシをナルトが呼び止める。
その声に猫背がゆるりと振り返った。



陽 炎 稲 妻 水 の 月



「ん?なーに?」

カカシの眠たげな片目がナルトを見やる。
自分を見つめるその明るい蒼い双眸が、何かを期待している様に輝いている。
カカシは少し目を細めた。

「先生、あのさあのさっ!」

ナルトはカカシを見上げて口を開いた。

「ストップ。」

カカシは思い当たる事があったのか、何かをいおうとしているナルトに手をかざして止める。

「悪いけど、今日はダメ。」

そういうと目で笑い、やんわりと断る。

「えぇ〜っ!?」

自分のいうことを先にダメ出しされて、ナルトは頬を膨らませた。

「まだ何もいって、」
「今日、修行つけてっていいたいんだろう?でも、今日はダメ。悪いけど、これからすぐ任務だから」
「〜〜っ」

ナルトは二の句を告げずに唇を噛む。

火影を目指すナルトはいつも修行には余念がない。
しかし下忍である自分では術の事でどこがどう改善の余地があるのかわからない事が多い。
だから毎日ではないけれど、カカシの手が空いた時には修行を見てもらっていた。
(今日は……修行、見てもらえるかと思ったのに)
この頃カカシは任務に忙しいらしい。一週間前もカカシに修行を見てもらおうとしたら、任務があると断られた。その一週間前も。
でも今日こそは、ほんの少し期待をしていたのに。
(しかたないってばよ)
カカシは自分達の担当教師だけれど、上忍でもあるのだ。任務があればそれは最優先されるべきもの。
(でも、カカシセンセーは……)
ナルトは思う。
この頃、カカシに避けられている気が、する。
それはサスケやサクラが一緒にいる時は感じられないけれど、2人がいない時カカシは何処かよそよそしい。
そこまで考えてからナルトは心の中で否定する。
里の一部の大人から向けられる敵意や嫌悪はカカシからは感じられないし、好悪関係なく対等にいつも普段通りに接してくれている。
子供っぽい我侭につきあわせてはいけないし、任務の邪魔をしてはいけない。
……――でも、
残念な気持ちと寂しさが心の中で入り混じる。
それを押さえ込む様にナルトは俯いた。

「――ナルト、」

俯いて黙ってしまったナルトの頭に、カカシは思わず手を伸ばした。

「ごめんってぱっ!」

ナルトがカカシに向かってニカっと笑いかける。カカシはそれに面食らって、伸ばしかけた手を下ろしてしまった。

「カカシ先生、忙しいもんね。」

カカシが手を伸ばそうとして下ろしたのにも気づかず、ナルトはいう。

「あ、あぁ。」

ナルトの何処か無理をしている笑顔にカカシは、生返事をするしかない。

「俺ってば気が利かなかったってばよ。でもでもさ、もし時間が空いたら俺に修行つけて?」
「……」
「んじゃ、呼び止めて悪かったってばよ。センセー任務頑張ってねっ」
「おい、ナルト」

カカシが呼び止める間もなく、ナルトはすぐに踵を返して走って行ってしまった。

「……まいった、ネ」

その場にとり残されたカカシの視界で、その小さな背中が徐々に見えなくなっていった。
別れ際に垣間見たナルトの何処か諦めた様な横顔に、知らず小さな痛みが走ってカカシは眉間を寄せる。

カカシが里の禁忌の存在、うずまきナルトを弟子として受け持ったのは半年前の事。
それからずっとサスケやサクラと共に第七班として受け持っている。
表面上は師弟としているが、実は火影からの命令でその体内に封印された九尾を監視するのがカカシの本来の役目だった。

……だが。
この頃ナルトと、2人でいるとなんとなく落ち着かない。
自分をまっすぐ見つめる蒼い双眸に浮かぶ親愛の眼差しに、何故か居た堪れなくなる。
ナルトに接する時は他の2人同様に普通に接していたはずだった。
それ以上でもそれ以下でもないと、思っていた。
サスケやサクラと一緒にいるのならかまわない。
しかしそれ以外でナルトといると自分の中の何かが変わっていく様で、身のうちに隠した何かを暴かれてしまう様で怖い。
なぜそう思うのか自分自身まったくわからない。
ナルトと接触している内にいつの間にか生まれてしまった感情にカカシは、らしくなく戸惑っていた。
だから、わざとカカシは任務を口実に暫くナルトからの修行の申し出をかわし続けているのだが……

「もう少し、」

ナルトに向かって伸ばしかけた手を見つめ、ぎゅっと握り締める。

「我儘をいえばいいのに、ネ?」

紅く染まる空を見上げながら、カカシは自分が感じている戸惑いとは裏腹に脳裏に浮かぶ小さな残像に問いかける。

ナルトは、明るい子供だ。
そして子供らしくない、子供だ。
里で理不尽な扱いを受けながらも、それでもまっすぐ前を向いて傷だらけになりながら、一人で立っている。
誰の手も、借りる事も借される事も知らずに。
そして我儘も知らず、甘える事も知らず、きっと――泣き方も、知らない。

「……寂しいわけじゃないのに、ネ……」

ナルトが我儘を通してくれたなら自分はそれを許してしまうだろう。
少し日を開けて時間を作ったっていい。
でも、ナルトはそれを望みはしない。
他人の考えを思いを悟ってしまう子供だから、自分よりも他人の事を最優先しそして、最後には何でもない様に笑って自分から諦めてしまうから。

脳裏にナルトの顔が浮かんでは、消える。
何処か、無理をしている笑顔、その笑顔が酷くカカシを苛む。

あの時、ナルトを呼び止めれば良かったのだろうか?
ナルトの望む言葉をかけてあげれば良かったのか?
そうすれば、あの綺麗な蒼い双眸を曇らせる事はなかったのか?

泣かせるつもりは、なかったのに――……

考えれば考えるほど、その答えに果てはない。

まるで陽炎の様に形をなさないのと一緒だ。
捕まえようとすれば、するほど――逃げていく。
深いため息をつくとカカシは首筋に手を当ててそれ以上、考えるのをやめた。

「ナルト」

カカシは知らずその名前を呼んでいた。
それは波紋の様に空間に広がるけれど、ナルトの元に届く事は決してない。
しかしそれは、特別な甘さと切なさを伴ってカカシが感じる小さな痛みに反応する。
この痛みが、何を意味しているのかカカシには知る術もない。

ナルト

カカシは音もなくもう一度、その名前をつぶやき目蓋を閉じた。


fin

陽炎稲妻水の月
(意):形は見えてもとらえることのできないもののたとえ。
 
改訂:20121113。







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