囚ーtorikoー | ナノ






(…ここ、どこだってば?)
ふと気がつけば、ぼんやりとした視界に映るこの薄暗い部屋には誰もいなかった。
よく見れば天井や四方の壁は煙草のヤニで汚い。そして部屋に漂う鼻につく様な濃厚な香の匂い。
(嫌な、匂い…)
ナルトは顔を顰めた。
ふとこの部屋には場違いな清潔な蒲団の上にいる事にナルトは暫く気がついた。
どうして自分がこんな所にいるのかはっきりと、覚えていない。
自分の足で多分、ここまで来たんだろうと思うけれどそれまでの経緯がはっきりとしない。見慣れない『誰か』の部屋というのはどこか居心地が悪い。
それでも動こうとする気持ちがなくてナルトは呆然と座り込んでいた。

すると、人の気配がして唯一の部屋の出入り口である襖が微かな音をたてて開いた。
小さいけれど明るい電燈の光が薄暗い部屋を照らす。ナルトはその光に眉間を寄せて目を瞬かせた。

「おや、気づいたのかい?」

言葉と共に現れたのはナルトの知らない女だった。
一瞬ナルトはその女を凝視したまま、視線を流していきある一点で目が釘付けになる。
女の、電灯に照らされた着物のはだけた肩から少し覗く細く華奢な首と鎖骨、そして白い肌にナルトは思わずどぎまぎする。
女はそのままナルトの前を通り過ぎ、慣れた手つきで電燈を真ん中に吊るした。

「で、少しは正気に戻ったかい?」

女がナルトがナルトの前で少し屈んで、顔を覗き込む。
屈んだ途端に女の身体から、ふわりとこの部屋の香の匂いと同じ匂いがした。

「え…と」
「おや、その顔は覚えていないみたいだねぇ」

その言葉の意味を図りかねてナルトは女を見つめ返す。女はフフフ、と笑った。

「どういう経緯か知んないけど、あんな所で座り込むのは通行人の邪魔だよ。」
「…な、」

その言葉に絶句してナルトは瞬時に顔を赤くした。
ナルトの記憶が急速に蘇っていく。そして、ナルトの脳裏にカカシの顔が浮かんだ。
(…ッ)
途端にちくり、と胸の棘が痛む。あの後、ナルトは当てもなく花街をさ迷い、そしてどこかで 毛躓(けつまづ) いた。
それからはもう、何も考えたくなくて動きたくなくて、ずっとその場に座り込んでいたら、この行きずりの女に拾われた……らしい。おぼろげながらこの女に連れられるまま、自分はここへとやって来て−−…
ナルトの変化に気づき、女がまた笑った。

「ようやく思い出したみたいだねぇ?まぁ、いいさ。」

そういうと軽くナルトの肩を叩き。

「お腹すいたろ?おにぎりでも食べるかい?」

ん?という風に女が首を傾げ様子を伺う。
いらないと答えるつもりで口を開いた途端に、部屋中に大きな音が鳴り響いた。
その盛大な音に女が目を丸くする。
(な、ななななっ)
ナルトは慌てて自分の腹を押さえた。
おにぎり、という言葉に急に腹がすいてきて無意識に腹の虫が鳴ってしまった。
よく考えれば自分は夜食さえもまだで…一瞬の静寂の後。

「…く、」

可笑しそうに肩を小刻みに揺らして、女が噴き出した。ナルトは恥ずかしさで顔から火が吹きでそうになる。

「あはは、…正直な腹だねぇ。わかったよ。いいよ。今、持って来る。」

可笑しげに肩で笑い、来た時と同様その襖から出て行った。
(は、恥ずかしい…)
ナルトは真っ赤になりながらその後姿を見送った。

「俺ってば図々しい。」

完全に女の気配が消えた後、ナルトはふと苦笑した。数時間前にひどい事をされて、心が荒んでいたはずなのに…腹の空腹感 ―食欲だけは正直だった。

「 美味(うま) いかい?」

女の問いかけにナルトは無言で頷いた。女が持ってきたおにぎりは意外に美味い。
シンプルな塩おにぎりだ。
空腹を満たされたからだろうか、不思議な事に気分が落ち着いてくる
ナルト自身、それに気づかなかっただけでずっと空腹感はあったのかもしれない。

「あぁ、ほら。ご飯粒がついてる」
「へ?」

きょとんとした表情でナルトが女を見た。
ナルトの視界で女の指先がナルトの口元についた米粒を取りそして、そのまま自分の口に持っていく。
ナルトはびっくりした様に女を凝視した。
他人から躊躇うことなく触れられる事にナルトはあまり、慣れてない。だから、女のその仕草に思わず戸惑う。

「ゆっくりお食べよ。」

そんなナルトを余所に女はそういって微笑み吸いかけの煙草を咥えた。
仄かな電灯の下、女が吐き出した紫煙が漂う。微かに鼻につく部屋の香りと違う、清々しい匂い。
ナルトは何気なくそれを見て、その女の吸っている煙草がカカシのものと一緒なのに気づいた。
いつも気がつくとカカシはそばで煙草を吸っている事がある。
その煙草の匂いがこの煙草と同じだった。
(…なンで)
その瞬間に体の芯が震えるのにナルトは愕然としてしまう。

…こんな時でさえ。
思い出したくないのにふとした瞬間にカカシの顔を思い出してしまう。
誰にも、ナルト以外にはその素顔を晒していないはずの、カカシの素顔。
いつもは顔の半分以上を隠しているのに『あの時』だけはその素顔をナルトに見せる。
けれど、とナルトは思う。
性行為をする時もその素顔を見知らぬ女に晒していたりするんだろうか。
ナルトを抱くその両腕で、ナルトの唇を塞ぐその唇で、カカシは、
『女』を『抱く』



−−そう、
『自分』だけが、カカシの『特別』なんかじゃ、ないのに…






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