囚ーtorikoー | ナノ






煙草に、火が点る。

出窓の縁に片腕を乗せてカカシは口に咥え、気だるげに店の外を眺めていた。

花街の夜はまだ明るい。見渡せば建物の窓は仄かに明るいところもあれば、暗いところもある。

通りには、まばらに人の歩く姿も見える。耳を澄ませば遠く微かに人の喧騒が聞こえてくる。この街の夜はこの里の昼といってもいい。

……ふいに夜風がカカシの肌を撫でていった。
それは先程の情事の熱を、醒ましてくれる。

カカシは気持ち良さげにその片目を細め、紫煙を吐き出した。
外から視線を外し中へとそれを向けると、薄暗い部屋には帯と着物が散乱している。

そして部屋の中央に敷いてる布団の中では髪を乱した女が眠っていた。
部屋の行灯の光に照らされてその布団から覗く白い肌が浮かび、仄かにその色を染めうっすらと汗ばんでいた。

執拗に攻められてから一向に目覚めない女の姿を一瞥して、カカシはふと自嘲する。

「…そんなにキモチ良かったかネ」

脳裏によがる女の、恍惚した表情が浮かんだ。
それにすり替わる様に浮かぶのはナルトの表情。

苦痛と快感の間を彷徨う、あの表情…カカシは額にかかる髪をかきあげて吐息をついた。

こうして女を抱いた時でさえ。

あの子供を思うだけで、身体の奥深くから暗い欲望が生み出される。
この手に馴染むほどに身体に染み付いて離れないその吐息でさえも、哀しみに揺らぐその蒼い双眸さえも目蓋の裏に鮮やかに思い出せる。

こんなところでナルトに会うことなど、今までカカシは思ってもいなかった。

あの年頃は男でも女でも人一倍、性に興味を抱く。それは自然の流れで、カカシとてその道を辿って来た。

けれど、ナルトに関してはそうもいってはいられない。
もし、もしもナルトに別の思いを寄せる者がいたとしてあの蒼い双眸に見つめられ、笑顔を向けられ、そして思いを寄せられる事などカカシには到底、堪えられないだろう。

例え、その対象があの人の良い中忍や生意気なあの子供であろうと…嫉妬し、最後には闇に葬るかもしれない。
現にカカシは、そばにいた翡翠にさえ、嫉妬を覚えたくらいだ。
それとは反対に、カカシは焦燥感に駆られる。

いつも、いつも胸の奥深くで抱いている思い。
誰も彼も、ナルトを見せたくない。
誰も彼も、ナルトのそばに近づかせたくない…それは元から抱いてはいけない『感情』。


けれど。もう、引き返せない。
自分は、狂ってしまったから。

『心』が、

『身体』が、

あの子供に、すべて。

渇望する程に、

囚われてしまったから


……久しぶりにカカシは『女』を抱いた。
あの子供を抱いてからこの方、今までの様に『女』を抱く事はなかったし当然、性欲を処理する為にこの街に来る理由もない。

今夜、カカシにとって『女』を抱く事は単なる『八つ当たり』にすぎない。
紫煙を吐き出して、カカシは煙草を揉み消す。

「……」

そうして、声も立てず密やかにカカシは子供の名前を呼ぶ。

甘い言葉の余韻が身体を貫く。
この腕に抱くのは後にも先にも、あの子供だけがあればいい。



カカシは立ち上がって散らばった自分の服を纏った。
行灯の光に照らされて壁にゆらゆらと、影法師となって伸びていく。


その片目に秘めた感情を宿しカカシは部屋から姿を消した。
未だ部屋に漂う、紫煙と共に。

fin





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