囚ーtorikoー | ナノ
翡翠のその言葉にミヤコがほとほと困った、という表情をした。しかし当人は涼しい顔で微笑んでいる。
(ど、どうしよう)
ナルトはその状況をハラハラと見守った。
どうやら待ち人がいるのだと、その話から伺える。
なら、早くこの場を離れた方がいいかもしれない。
ナルトが口を開こうとしたその時、ミヤコが小さくため息を漏らした。
「……わかりました。けれど後でみっちりお小言を受けてもらいますよ?」
「ありがとう、ミヤコ。…そういうわけだから」
翡翠がナルトに視線を向けた。
「心配しなくてもいいよ。」
柔らかにそういって翡翠はナルトを連れて前を歩いて行く。
腕を引かれるままにナルトは言葉もないまま呆然と、その後ろ姿を見つめていた。
翡翠は周囲の人々の好奇と賞賛をその身に受けても怖気づかず、凛としている。
(この女(ひと)って…強いってば)
ナルトは翡翠にそんな印象を受けた。
何者にも恐れず、何者にも囚われない強い心。
現在のナルトにはほど遠いもの。
元々ナルトは『強いもの』に憧れる。
けれど『女』に対して『強い』と思ったのは、これが初めてだった。
(どういう女なのか知りたい。)
そう感じずにはいられない。
それがどんな意味をもつのか…今のナルトにはわからないけれど。
(ここ、何処だってば…?)
ナルトが翡翠に連れられて、ようやく人だかりから抜け出した場所(そこ)は大通りを少し外れた、とある店先だった。
ナルトが見ても、そこは花街にあるそれ特有の店ではないように思えた。
「ここまで来れば、大丈夫だね。」
「…もう冷や汗モノでしたよ。とうに約束の時間は過ぎましたけど。」
翡翠がそういって笑うと隣でミヤコがホッと安堵している。
「あら、約束の時間はとっくに過ぎているけれど…こうして約束の場所までは来たよ?」
店先の暖簾(のれん)を片手で上げて翡翠はいう。するとミヤコが怒った様に。
「翡翠姐さんがこのまま、約束を破ってこの子と何処かへ行くと思ったんです!」
(え?…て、ことは…)
翡翠とミヤコの会話を断片ながら聞いていると、どうやら待ち人と約束していると思われる『約束の場所』へと連れて来られたらしい。
「フフフ、そうだったら面白いねぇ。」
「もう、翡翠姐さんっ!」
「ちょ、ちょっと、」
引き戸を開けて、翡翠とミヤコがそこへと入って行く。
あっ、と思う間もなくナルトは翡翠に引っ張られるままにその店内に入り込んでしまった。
入ってみると店内は狭いが意外に明るく清潔感があり、入って向かって右手に二階に上がるだろう階段。
それから通路を挟んで椅子とテーブルが四つずつ左右に配置してあった。そしてその奥に厨房がある様でそこからは微かに話し声が聴こえてくる。
「いらっしゃいまし!」
呆然と店内を眺めていたナルトに厨房から出てきた女中がそう声をかけた。
「おや可愛いぼうやをお連れですね、姐さん」
そばにいたナルトを見て、女中が翡翠にそう声をかけた。翡翠が微笑む。
「この子に一杯、お茶を出しておくれ。災難な目にあったから」
「そうですか。」
「ところで、あの人はもう来た?」
「はい、つい先ほど。」
「怒ってたかしら。」
「怒ってはいないようでしたよ。」
女中のその言葉に翡翠が頷いてミヤコに視線を向けると、意味深に笑う。
「ね、予想した通りでしょう?」
「もう知りません。」
ミヤコがその視線に呆れた様な表情を浮かべたが、一言そうつぶやいて厨房へと引っ込んでしまった。
それに翡翠がまた笑った。
(ど、どうしよう。)
一方でナルトは途方に暮れていた。
つられて入ってしまったのはいいが、その出て行くタイミングを逃してしまっている。
「ぼうや、そこの席に座っていたらいいよ。疲れたろう?」
翡翠がナルトに向かってそう促した。
「えっ、で、でも俺もうこの辺で、」
「どうしてだい?」
そう切り替えされてナルトは絶句した。
「え、えと、その、だって…約束…が、」
あたふたと焦っているナルトに翡翠と女中が顔を見合わせて、笑った。
「そう急ぐこともないだろう?ほんの少しの間さ。ほとぼりが冷めるまでココにいればいいよ。」
翡翠の言葉にナルトがハッとする。
もしかして自分をあの場から連れ出す為に気を使ってくれたんだろうか?
「そうそう。気にすることないさ、お茶でも一杯飲んでいっておくれよ。」
女中がナルトの肩を軽く叩き、ナルトをすぐそばの席に座らせる。
「でもっ、俺のせいで約束を破らせて…」
尚も言い募ろうとするナルトに翡翠が人差し指をナルトの唇に立てた。
「ぼうやが責任を感じることはないよ。それにあの人の、私との『約束』は破る為にあるんだ。いつものことさ。」
可笑しそうに翡翠が笑う。
それに思わずナルトの顔が赤くなる。
「ゆっくりとしておいでよ。」
「そうそう。」
翡翠と女中に畳み込まれるようにそういわれてナルトは、黙るしかなかった。
偶然とはいえ翡翠に迷惑をかけた事に変わりない。
もう少し大人なら、この場を上手く去ることができたかもしれないのに。
奥へと引っ込む女中の背中を見ながら、そうナルトは心の中で何度も後悔した。
(!これは……、)
その時、ナルトは階段から降りてくる気配を感じとっていた。そして…
「…翡翠?」
低く、くぐもった声が翡翠を呼んだ。
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