365日 | ナノ


 それから365日

「あれ?クダリくんは?」


入ってきたのはノボリくん一人で、相棒であるクダリくんがいない。尋ねると、ノボリくんは眉根を寄せて申し訳ありません、と言った。

「いつも書類を溜め込んでいるのを、珍しく終わらせるまで帰らないと聞かなくて…」

明日でも良いと言ったんですが、と心底申し訳なさそうにノボリくんは頭を下げた。頭を下げられるようなことをされてない私は慌てて頭をあげるようにノボリくんの肩に手を置いた。
次の瞬間、驚いたノボリくんが跳ねるように頭を上げ、目が合ってしまった。そう、ものすごい至近距離で。鼻と鼻がくっつきそうな、お互いの息遣いまで聞こえてしまいそうだった。
どちらともなく素早く離れると、何となく気まずい空気が二人を取り巻いた。

「………とりあえず、家、はいろっか」
「はい………」

扉を広く開けて入るように促すと、丁寧に会釈をして「お邪魔します」と言いながらノボリくんは玄関に足を踏み入れた。一人暮らしのため広くはない我が家。当然二人も玄関にいたら予期せず再び密着する形になってしまった。

「せ、狭くてごめんね…!」
「いえ、わたくしこそ申し訳ございません…!」

またも同じようなやりとりをして、ようやくリビングへ。私たちは中学生か!と心の中で突っ込みつつ、逆に笑えてきた。急に笑った私を、まだ若干顔が赤いノボリくんが不思議そうに見る。

「どうかしましたか?」
「ううん、何でもないよ。ただ、お互い意識し過ぎて面白くなっちゃった」
「!そう、ですね、」

私の笑いが移ったのか、ノボリくんもぎこちなくだけれど、笑みを浮かべた。それにホッとするやらまたもや意識するやら、とりあえずノボリくんをソファーに座らせる。クダリくんが来るまではご飯は食べない方がいいかな、ノボリくんはやっぱりコーヒーかな、などと考えながら、キッチンに向かう。やかんを火にかけながら棚を漁っていると、横に人の気配を感じた。

「ノボリくん、座ってて」
「いえ、リオだけに働かせるわけには…」
「でも、仕事で疲れたでしょう?お客様にそんなことさせらんないよ」
「それはリオもでしょう」

ノボリくんはなかなか頑固で、結局私の方が押されてノボリくんにもお茶を入れる手伝いをしてもらうことになってしまった。情けない半分、嬉しい半分、だ。相変わらずドキドキするけれど、徐々に慣れてきたのか普通に接せれるようにはなった。
二人分のカップを持ってソファーに移動し、机を挟んで対面するように座った。一口飲んで一息つく頃には、もう平常心に戻っていた。

「それにしても、ノボリくんもクダリくんも強いね」
「ありがとうございます。リオも相当な腕前でしたよ」
「私も結構自信あったんだけどなぁ」
「わたくしとクダリは、バトルに関しては誰にも負けないと自負しておりますから」

普段の謙虚な言葉とは裏腹に、自信深げに不敵に笑って見せるノボリくんは、とても魅力的だった。じわり、と顔が熱を帯びる。赤くなっているであろう頬を隠すように手で頬を包むと、ノボリくんはそんな私を不思議そうに見ながらカップに口をつけた。

「…もう、何でそんなかっこよくなってるの…」
「は?」

私の言葉の意味を汲み取りかねたのか、ノボリくんは「シャンデラのことですか?」なんて言ってくる。なんでそうなるんだ。数年会わないうちに、随分なバトル狂になったものだ。新たにわかったノボリくんの素顔に、思わず笑ってしまう。

「あはは、確かにシャンデラもかっこよかったけど、ノボリくんが格好良すぎるの!」
「!!」

ボッと音が聞こえるのではと思うほどの勢いで、ノボリくんの顔が赤くなった。そんな衝撃的だったのだろうか、「な、え、は、」と言葉にできない言葉を途切れ途切れに発している。その姿が可愛くて、思わず笑ってしまった。

「わ、笑わないでくださいまし!」
「ごめん、でもノボリくん可愛くて…!」

男の人に可愛いはあまり嬉しくないかもしれないが、何だろう、ギャップ萌えってすごい。

「……リオこそ、綺麗になっていて驚きました」
「えっ」

仕返しなのか、少し意地悪気に笑いながらノボリくんは言った。思わず固まる。ワンテンポ遅れて、今度は私が赤くなる番だった。

「〜!あんまりからかわないで…!」
「からかってなどいません。わたくしは本心を述べたまでです」

何だろうこの人。特別女の扱いに慣れてるわけではなさそうなのに、見事に私のツボをついてくる。そろそろ頭はショートしそうだし、心臓も持ちそうにないくらい早く動いている。ソファーに置いてあるクッションで顔を隠そうにも、クッションがあるのはノボリくんの座っている方のソファーでどうしようもない。
一人あわあわしていると、「リオ」と自分の名を呼ぶ声がした。

「…リオは、幼いころのことを覚えていますか」
「え?」
「まだリオが私たちの近所に住んでいたころ、リオは毎日のようにおやつを作ってきてくれていました」
「あ、うん、覚えてるけど…」

何だろう。えらく真面目な顔で見られていて、恥ずかしいのに目が逸らせない。

「リオはもう覚えていないかもしれませんが、私はあの時に大きくなってもお菓子を作ってほしい、と言いました」
「う、ん」
「覚えてますか?」

ノボリくんの問いに、小さく頷く。覚えてるも何も、それこそ私が一番気にしてたことで。覚えていて気にしていたからこそ会いたくても会えないともどかしい思いをしていたんだ。ノボリくんがどういう意図で話しているのかわからなくて、先ほどとは違う意味合いで心臓が早くなる。

「…もし、リオさえよければ、またお菓子を作っていただきたいと思います」
「…それは、ノボリくんとクダリくんに、って意味で?それとも、」

少しの希望を抱いてノボリくんを見ると、ノボリくんは照れているのかクダリくん、という言葉に気を悪くしたのか、変な顔をしていた。

「クダリが煩いのでクダリの分もあって構いませんが、私のために、作っていただきたいですね」

若干拗ねたように言うノボリくんは、昔と変わらなかった。これは、期待してもいいのだろうか。いつかの思い出がフラッシュバックする。

「……うん、お嫁さんにしてくれたらいいよ」

思い切ってそういえば、「いつかの思い出」より格段に格好良くなった彼の笑顔があふれた。





(120727)

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