365日 | ナノ


 埋める365日

結果から言うと、サブウェイマスターはやはり強かった。それまで無敗だったシャンデラもあと一歩及ばず、トウコも似たように負けた。悔しがるトウコの横で、私は悔しいやら何やら、涙を堪えるのに必死だった。

「ブラボー!貴女方の実力、なかなかのものでございました!」
「あと一歩だったんだけど、惜しかったね!ぼく、君たちとまたバトルしたい!」

称賛してくれる二人の言葉に、また泣きそうになる。これで私が誰か言ったら、彼らはどんな反応をするのだろう。考えて、それから自分で否定して嗤った。そんな都合のいいこと、あるわけない。

そして電車は、ライモンシティの駅のホームに停車した。これで最後、とホームに降り立ちながら思った。忘れることはできないけれど、もう思い出にしてしまおう。

「リオさ、」
「ごめんトウコ、でももうケジメはついたから」

私の思いを読み取ったのか、負けて落ち込んでいたトウコは心配そうに顔を覗き込んできた。できるだけ普段の笑顔をつくると、トウコはそれ以上何も言ってこなかった。

最後にもう一度だけ、顔を見たい。それでもう本当に終わりにしよう。
そう思って振り返ると、電車に乗ったままだったはずの二人がホームの、私たちの後ろに立っていた。

「リオ?やっぱりリオだ!!」
「え、」
「リオ!ぼくクダリ!覚えてる?」

そっくりな黒と白の内、白い方が、目を輝かせて飛び掛かってきた。状況についていけず目を白黒させていると、白い方…もとい、クダリくんは遠慮なくぎゅうぎゅうと抱きついてくる。苦しい。クダリくんの肩越しに、ノボリくんが近づいてくるのが見えたときは、心臓が止まるかと思った。なんでこんな格好良くなってるの。

「リオ、わたくしたちを覚えていますか?」

思い出の中よりはるかに大人になっていて、雑誌の写真で見たときなんかよりずっと格好良くて。諦めるどころか、もう一度好きになってしまいそうで。

「………忘れるわけないじゃん、ばか」

堪えていた涙は、呆気なく頬を伝って落ちた。焦るクダリくんとノボリくんが面白くて、泣きながら笑った。

「なんで私って気付いたの?名乗ってもないのに…」
「なんでって、ねぇ?」
「昔のままのリオでしたから」

それは成長していないということか。

「バトルの前、一瞬だけ目が合ったのを覚えていますか?」
「う、うん」
「あの時、リオじゃないかと」
「あの一瞬で?」

こくりと頷くノボリくんに、顔が赤くなるのを感じた。そのとき、視線を感じてそっと横を見ると、トウコがそれはもう楽しそうに笑っていらした。

「よかったねリオさん!私はリーグ行くし、ごゆっくりー!!」

走り出しながら「明日にでもお店行くから!」と叫ぶように言うと、トウコは去って行った。残された私たちはぽかん、と取り残されたようにその場に突っ立っていた。
もう何年振りかわからない幼馴染を引き合わせてくれた少女は、嵐のような子だった。誰からとなく笑い始めると止まらなくて、会っていない間の溝が少しずつ埋まっていくようだった。

「それにしてもリオ、会いたかった!」
「何年ぶりでしょう」

またもぎゅうぎゅう抱き着いてくるクダリくん。しかし今度は近くまで来たノボリくんがクダリくんを引きはがす。ちょっと目が怖い。

「二人がこんな有名人になってるなんてつい最近まで知らなくって、びっくりしたよ」
「何度も連絡を取ろうと思ったのですが、リオの居場所がわからなかったのです」
「リオってばどこにいたの?」

私は引っ越してしばらく経った後旅に出たこと、最近ライモンシティに引っ越してきたことを話した。店を構えたことは、何となく言えなかった。
話している間に、ノボリくんに促されてホームのベンチに座った。私を挟むようにしてノボリくんクダリくんが座るものだから、こっぱずかしいことこの上ない。

「そういえばノボリくん、その口調は業務用?」

昔は今のクダリくんみたいな喋り方だったのに、と言うと、私を挟んで二人は顔を合わせ、クダリくんは面白そうに笑い出した。頭に疑問符を浮かべる私の横で、ノボリくんは気まずそうに顔をそらしている。

「ノボリがこんな口調なのはね、」
「クダリ!」

クダリくんがにやにや笑いながら何か言おうとすると、鋭い目をしたノボリくんがそれを遮った。クダリくんは口を尖らせながら、でも未だ面白そうに笑っていた。

「ところでリオ、ぼく、昔みたいにリオの作ったお菓子食べたいな!」
「え、」

冷静に考えれば、それくらいしか思い出がないと言っても過言ではないほど当時の私は彼らにおやつを提供していたわけだが、まさかクダリくんが覚えてるなんて思わなかった。固まる私を見て不思議そうに首を傾げるクダリくんは、昔と変わらない無邪気さを残していた。今はその無邪気さがつらい。

「もうお菓子作ってない?」

何も言わない私を見て勘違いしたのか、クダリくんはしゅんとうなだれた。そんな姿を見たら隠すわけにもいかず、私はノボリくんがあのちんけな約束を覚えていないに違いないと決め込んで、あれからもお菓子作りをやめず、今はライモンシティで店を構えていることを話した。
クダリくんは目を輝かせながらすごいすごい!と、自分のことのように喜んでくれた。なんだか照れ臭い。
チラリとノボリくんを見ると、ノボリくんも私を見ていたようで、バッチリ目が合ってしまった。が、ノボリくんはサッと目を反らして「そうですか」と呟くように言った。やっぱり、あんな昔の話覚えてないかな。小さく感じる胸の痛みに気づかないふりをして、私はポケットに入れっぱなしだった小さなカードを二枚、それぞれに渡した。

「今は持ってないけど、お店に来たら沢山あるから時間あるときにでも遊びに来てね」
「行く行く!」

今日の仕事帰りに行くね!!と早速行動にうつすクダリくんは、本当に昔から変わらない。思わず頬が緩み、懐かしい気持ちになる。

その時、ホームにベルが鳴り響いた。電車の発着を知らせるそれは、二人の仕事の合図ではないか。

「ノボリくん、時間平気?」
「そうですね…クダリ、そろそろ」
「えーもっとリオとお話ししたい!」
「クダリくん、仕事はちゃんとしなきゃ。今夜待ってるから」
「うーん…リオがそう言うなら…」

渋々と言った感じで立ち上がるクダリくん。私も二人を見送ろうと立ち上がると、クダリくんが両手を掴んで上下に揺さぶり始めた。握手、なのだろうか。

「リオに会えて良かった!ねぇノボリ!」
「えぇ、もう会えないかと思っていました」

私の手をつかむクダリくんの手を外しながら、ノボリくんは目を細めて微笑んだ。不意にだったものだから、勢いよく顔に熱が集まるのを感じた。ドキドキ煩い鼓動を悟られないように、私なりに最高の笑顔を、つくった。

「じゃあ今夜、待ってるね」
「うん、楽しみにしてる!」
「楽しみにしております」

再び電車に乗り込む二人に手を振り、二人の姿が見えなくなってから、ベンチに座り込んだ。

「〜〜ッ!もう何であんなかっこよくなってるの…!」

ドキドキも顔の熱もとれやしない。あんなの反則だ。ずるい。理不尽な言い掛かりだと重々承知しているが、それくらいの衝撃だった。
しばらく余韻に浸るようにベンチで呆けていたが、ふたりが来るのであれば色々しなければ、と思い出した。少しでも気が紛れるように願いながら、年がらもなく高揚する心を押さえながら、ライモンの町へ飛び出した。







「リオってば、すっごーく美人になってたね!」
「…そうですね」
「リオ、昔の約束覚えてるかな」
「まさか、あんな約束とも言えない戯言、覚えているはずか…」
「えーじゃあぼく、狙っちゃおうかな」
「クダリ!!」
「もーそれが嫌なら素直に言えばいいのに。#name #が大人っぽい人がいいって言ったから敬語になった、とか」
「……あとで覚えておきなさい、クダリ」




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(120708)

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