「今日からお前は私のものだ」




凍り付きそうなほど美しい美貌を持つ貴女の唇から紡がれたその一言で、下賤な奴隷でしかない僕はどれほど救われただろうか。































「お前は主より先に死ぬつもりか?下僕の癖に無責任だな。どうせなら私の盾になって死ねばよいものを・・・こんなところで犬死するなよ」



そう言って静かに笑う貴女は、朦朧としている僕の意識を無理矢理戻した。
ぐちゃぐちゃの地面に横たえられた己の体の、心臓の位置には美しい足が乗せられている。
なんという乱暴な心肺蘇生法―――しかし彼女の行いに無駄なことはない。
流石は人類最善。
死の淵から引きずり戻したのは、まぎれもなく主なのだから。



「歪夢、様」

「ふん、依頼を勝手に受けたお前が悪い。私の名を語りおって馬鹿者が・・・一人でどうにかできると思ったのか?」

「ごほ・・・っ申し訳、ありません」

「愚図め」



地に手を着き噎せている僕を一瞥すると、主は無感情に言い捨てて、こちらに背を向けて歩き出した。

自分は、何をしているんだ。
嗚呼、そういえば。今日もまたいつもと同じ仕事だった。
とある国の要人の護衛の依頼―――ただ、主が別件で不在だった為急遽自分が引き受けたのだ。いつもなら何事もなく終わるはずが、思わぬ襲撃を受け、この様である。

主が途中まで行っていた仕事―――とある会社の殲滅。

裏社会の者が表世界の人間を使って悪巧みを考えていたらしい。その裏社会の関係者全てを惨殺していたところだった。奴らは人類最善である歪夢様が出てくることを知り、この機会に本家である彼女を殺してしまおうと、分家の者を何人か雇っていたのだった。名は、何と言ったか。
確か、宿木。
分家の中での位置は中の中。
しかし最近は力をつけていると噂されているだけあって、それなりに強かった。情けない話であるが、数で来られては自分も分が悪い。



―――歪夢様には、遠く及ばなかったが。








「まったく私を殺そうとは、愚行の極みだな」



跡片もなく消し飛んだ宿木の殺し屋たちのいた場所を冷たく見下ろすと、歪夢様はそう呟いて嘲った。
彼らを殺したのは間違いなく彼女だ。自分などが手助けをしなくとも、どうにかできると分かっていた。頭では理解していた、はずだった。






「くだらん奴だ」





それは誰に対して吐き捨てた言葉か。
きっと僕に対してだ。先の戦闘の、僕の行いに対して。

身の程を知らない僕は、不意をついて死角から彼女を狙った彼らの前に飛び出してしまった。焦りから、冷静ではなかったのかもしれない。歪夢様が引き受け、かわしていた何十という殺し屋の目が僕を捉え、邪魔者を排除せんと我先に攻撃を仕掛けてきたのだ。

勿論、僕の背後にいた歪夢様にも当たるのだが、彼女は幾多もの刃をものともせず、僕から離れた。
そして彼らの攻撃が僕だけに集中する。
頭上にも足元にも、彼らの網をくぐり抜ける隙はない。これでいい、と思った。敵の体の、小枝ほどの隙間から、遠く離れた場所から両腕を高く上げ、彼らを喰らおうとしている歪夢様が見えた。



!!!!!

――――そう、僕ごと彼らを潰してもいいと思った。





そして視界が暗闇に包まれたかと思うと、数百といた宿木の殺し屋たちの姿は掻き消えていて、代わりにとてつもなく大きなクレーターができていて、僕は地に伏せ、死に、蘇生された。

生きてしまった。
生かされた。
ああまたしても僕は彼女の足手まといになってしまった。主の手を煩わせるなんて、闇口の片隅にもおけない、自分は一体どうしたらいいのだろう?こんな恥を晒すくらいならいっそ死んでしまいたい。この場で首を掻き切れば、彼女は赦してくれるだろうか?生爪を一枚一枚数えて剥がし、指を数センチずつ詰めてみようか?いや、それをするなら、全身の骨という骨を折ってからにするべきか。皮をはいでいくのも良いかもしれない。それから、海に体を浸せば心地よい痛みが襲ってくるだろう。僕はあまり脂肪がないから漆黒に生えるピンクの肉は目立たないけれど、醜く太った肉体を晒すよりは良いだろう。己の自己満足でいい、主の目の前で死ねるという事実に狂喜しよう。死の間際まで瞳に美しい主の姿を映していられるなんて、どんなに幸福だろうか。自分の魂にも、主であった証を刻みたい。どうすればよいだろう?どうすれば、地獄まで主と永遠にともにいることが出来るのだろう?
泣き出してしまいたい気持ちを抑え込んで周囲を見れば、既に仕事は片付いたようで、あちらこちらに布切れや血痕、武器の破片が散らばっていた。ここからは雑用、僕の本来の仕事だ。


もはやヒトの形をして動いているのは僕ら二人しかいなかった。







「何を呆けている十六夜、もたもたするな」



つまらなそうに言い、止まっていた足を再び動かす。



「、はいっ」



惚けていた意識を目の前の彼女に向け、口元についた血を手の甲で拭い、後を追う。




「なぁ、お前は死にたいのか?」

「いえ、そういうわけではないのですが」
「私が知っているお前はもっと冷酷非情だったはずだ。それに、私が仕事を片付けるまでは屋敷にいても構わん。私を庇う必要はない、邪魔だ」

「・・・・・・・・僕を、捨てる気はないのですか?足手纏いはいらないでしょう?」

「足手纏い?誰がだ?お前がいなくなったら誰が後片付けをするんだ?」







雰囲気で彼女が嗤ったのが分かる。現に、血のように赤くふっくらとした唇がシニカルに弧を描いていた。








「お前を拾ったあの日、」






「お前が私のものになったと同時に、私もお前のものになったのだ。

私は私ができることをする。
お前はお前の得意なことをすればいい。

安心しろ。
壊れるまで使ってやる」


















私に“生”を下さいました


(僕を死なせてくれない意地悪な貴女を、心から、)







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