最近、どうにも旦那の様子がおかしい。
大将と殴り合っていても団子を食べていても覇気が無くて、気がついたら空を見上げてぼんやりしている。
話しかけても上の空。
…ほら、今だって。
「どーしちゃったのよ旦那ぁ、いつもみたいに団子ーって騒がないの?」
「さ、さささささっさ、佐助ぇぇぇええ!!!!いいいい、いつからそこにッ!?!?」
「いやいやいや、ずっといたから」
あまりの反応の薄さに声をかければ、どうやら本気で気付いていなかったようで言葉の通り勢いよく飛び上がった。
おかしいよねコレ。
いっくら鍛錬に集中してたからって俺様に気付かないなんていつもの旦那からは想像できないよね。
「そ、そうか…すまぬな」
シュンとすまなそうにこちらに走ってくる我が主。
犬の耳としっぽが見えるのは気のせいだと思いたい。
「そんなことより、はいコレ、団子。ったく忍使い荒いんだからもー。俺様も暇じゃないのよ?」
「む…」
団子の入った袋を差し出せば、ぱっと表情を明るくした。
少しばかり笑顔が戻ったような気がする。
良かったと胸をなでおろすのもつかの間、やはりどこか元気が無い。
普段なら飛びついてくるのに、本当に何なのか…
「え、いらないの?」
「………い、いる」
絶対変だ。
夜になっても旦那の様子に変化はない。
湯浴みして、夕餉を食べてちゃんと大人しく執務をして…まぁそこは助かってるんだけど(いっつも甘味屋とかに逃げ出しちゃうんだもんあの人)。
旦那がこんな風になったのっていつからだっけ?
確か俺様が視察で北条に行った後だったような…あ、ひと月くらい前かな。
戦では流石にちゃんとしてるけど、終わった途端にぐだーってなっちゃうんだよねぇ(ま、その度に大将から殴られてるケド)。
とにかく、落ち着いたと思ったら急にそわそわし出す。
しかも何日かおきに勝手に城下いっちゃうし?
「こんなんでも一応忍だからねぇ、恨まないでよ旦那?」
薄暗い城内をこそこそと歩き、誰にも気づかれること内容裏門から出て行く旦那の後を、俺様は闇に紛れて追った。
辿りついたのは城下の外れの屋敷。こんな場所に何の用が…と首を傾げていると、旦那が周囲を気にしだした。
視線に気付かれたか?
ふと旦那から意識を外し、屋敷を観察してみる。
他の家屋はなく、外れという場所にあるのに門は綺麗で、外から見える木々も美しく選定されていた。見た感じ大きくはないが、それなりの広さがある。塀が高いせいで中の様子は分からないが、それだけ人目に晒したくないものがあるのだろう―――
旦那はキョロキョロと見回すと、こっそり門をくぐって敷地内に入っていった。
「(こんな場所あったんだねぇ、全然知らなかったよ)」
ちなみに俺様は木の影から屋敷内を偵察中。
中に入ったら気付かれちゃうし、何があるか分からないからね。
にしても、外から見るより広く感じるこの屋敷。
庭に、枯山水がある…しかも一般的な白砂と石を主に水を一切使わずして山水の景色を表現するようなものではない。
大きな岩がごろごろある。無造作にも見えるが、全体を眺めているとそれは明確な意図をもって配置されたものだと分かる。
これは、枯池式枯山水か。
水を用いず、実際に池があるような石組みを造り枯池を表現する様式―――この屋敷を建てたのは教養も備えているのか。
余計に怪しい。
「(ま、俺様の耳に入ってこないってことはそんな気にするほどじゃあないと思うけど、用心するに越したことはないからね)」
枯山水の邪魔にならない場所に、ところどころ季節の花が植えられていた。
くん、と鼻をきかせれば花独特の控えめな甘い匂いがした。
立派に咲いた満開の桜の木があって―――そこに、自分の主の姿を見つけた。
「(ってゆーか武器持ってないし!ちょっとちょっとちょっと
いくらなんでも無防備すぎない!!?)」
一応名のある武将なのだから、手ぶらはどうにかしてほしいものである。
しばらくすると、部屋の奥から誰かが出てきた。
旦那は、その人物を見つけると嬉しそうに顔をほころばせながら走り寄っていく。
「さくら殿!待っていたでござる!!」
さくら―――?
聞いたことの無い女性の名に眉をひそませる。
「(んんん?そんな子城下に住んでたっけ?お春、お千代、お花、お琴、お清、お文、お妙…さくらさくらさくらさくら。ダメだ思い出せない。そもそも名前の雰囲気がちょっと違うみたいだ…
っととと、お顔も拝見させて頂きますよーっと)」
少しでも不審な動きを見せたら、いつでも殺せるように。
「お久しぶり、ですね、幸村さん」
「うむ!元気だったでござるか?」
女の声。
いつも破廉恥破廉恥と騒ぐ主が、その原因である女子と話している。
その人物は白地に、淡い桃色の花と流れる水が見事に描かれた着物を着て微笑んでいた。
「ふふ、私は元気でした。幸村さんこそ、いかがでしたか?」
「某も元気でござる!さくら殿の元気なお姿を見たら何やら活力が湧いてくるのだ!!」
「まぁ…」
頬に手を添えて、やはり微笑む少女。
年は、幸村の一、二歳ほど下だろうか。
年端もゆかぬ少女の風貌なのに、立ち振る舞いにどこか品がある。
少女は縁側に腰掛け、隣りに来るよう雪村に促した。
「っか、かたじけない!」
「いいえ・・・幸村さんが来てくれるだけでも嬉しいですもの。こちらこそ、ありがとうございます」
「そっ、そそそそそんなことは!!決して!!!むむむ、むしろ某の方が、休憩がてらといいますか、話し相手になって下さって本当に有難く・・・っっっ」
「(えええー・・・う、嘘ぉ、え、何これ?旦那がいっちょ前に女口説いてる・・・)」
佐助は腕を組みながら、見知らぬ少女と談笑し頬を染めている主を見下ろした。
しばらく話し込むらしい。
「(今はそんなに忙しいわけじゃないし、一休み・・・って思えばいいのかな。大きな戦もないしね。
でもまぁ、害があるようにはみえないけど、調べておくとするか。ったく、少しくらい給料上げてくれてもいいよなぁ。なんだって俺様がこんなこと、忍びなのに報われなさすぎじゃないの)」
背景に花を咲かせている二人を横目に、とほほと肩を落としたのだった。
虎の若子は、桜吹雪の中ひとりの少女と出逢う。
赤い髪を風になびかせて幹に触れるその姿は、今にも花びらとともにとけて消えてしまいそうな程に儚かったから。
どうにもたまらなくなって、腕を掴んだ。
明けぬれば 暮るるものとは知りながら なほうらめしき 朝ぼらけかな(夜が明ければ、また暮れて貴方に会える夜になるのは分かっているのです。 それでも、貴方と別れなければならない夜明けは、どうしても恨めしく思ってしまうのです)
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