01 貴女だけが永遠






まるで、時が止まったかのような錯覚に陥った。



息を呑む地獄絵図――――とでも言えば良いのか。


目の前に広がる光景を、脳が素直に受け入れられずに硬直してしまった。







「なんだ、これは・・・」





絶句。


足元には血塗れた人の手が足が指が爪が胴体がいたるところに転がっており、地面であるはずのそこには夥しい量の血と髪の毛と臓腑で埋め尽くされていた。

木や草までもが赤く染まっていた。


まだ日の高い時間帯であるにも関わらず、この小さな村は死臭で溢れ、深夜のように暗く、不気味なほど静まり返っていた。


虫、動物の声すら聞こえない。




「う・・・」




漂う腐敗臭と生臭い鉄の匂い。


ばらばらに引き裂かれた四肢らの具合から見るに、“こうなってから”あまり時間は経っていないものの、それなりに経過していることがうかがえた。


ぐちゃ


足を一歩踏み出せば、硬い土ではなく柔らかい“なにか”を靴越しに感じる。


ぶちまけられたかのような赤い水溜まりがそこここにある。乾ききっていない。

テラテラと脂で光る臓腑が、木で出来た屋根に乗っかっているのが視界に入った。


人の死肉をつまむ害獣すら、この場所には訪れていないようだ。






「(ああもう、なんだってこんなことに)」




彼――――月島は、今この場にいない自分の上官に恨み言の一つでも言ってやりたい気分だった。


ここは、小樽周辺の森にある、とある小さな村。

月島が、軍曹という階級の彼がなぜこんな所へ、しかも一人で来たのかというと、それには何とも彼らしい理由があった。



小樽には第七師団の兵舎がありもちろん多くはないが十数名の兵士が駐在しているため、仮に事件があったとしても、自分が出向く必要はない。

しかし、それは平素の場合である。


“アイヌの村を襲っている盗賊の一人が妙なことを口走っていた”
その“妙なこと”が、上官である鶴見が秘密裏に進めている計画に関わる情報だという。



アイヌの金塊。


網走監獄から脱獄した囚人達。


件の盗賊が、もしくは盗賊のうち数名が、もしかしたら囚人かもしれない。


単なる噂ではあるが、本物ではないという確証もない。


本来なら鶴見が来るべき―――いや、本人は来ようとしていた。
が、彼は中尉である。彼が動けば、もれなく複数の部下がついてくる。
ただでさえ“情報将校”と中央から危険視されている彼のことだ、噂の解明は大切だが、目立つやり方は好ましくないのではないか。

そう言って止めたのが月島なのだ。
要するに、月島は自分の発言の責任をとったのである。

真面目で実直な性格は、己に対しても決して曲げない。


そういうことだ。


ちなみにこの場にいるのは月島一人だが、実はこの付近に数名、小樽兵舎の者がいる。
月島でも、流石に単独行動は目立つからだ。



「この様子だと、当たりか・・・」


この凄惨な状況に驚きはしたが、いくつもの死線を越えてきた月島にとっては、見慣れてしまえばただの風景と変わりない。

生臭い血の匂いと若干の腐敗臭。
表情筋が歪むのは仕方ないことで、腹の辺りからこみ上げてくるものは気合でおさえこむ。それでなんとかなるのは、日頃の訓練と経験の賜物だ。


しかし、冷静になって見れば見るほど異常な気配に包まれている。

周囲には細切れになった大小の肉塊ばかり―――生きているものは自分以外に一人もいない。

にも関わらず、ぬるりとした生ぬるい気配というか、気味の悪い視線が自分にまとわりついているような気がした。

月島は1軒1軒、家の中を覗いていくが、その間も視線を感じる。
舐めるように、頭のてっぺんから足のつま先まで、こちらの様子を監視している―――
けれど姿が見えないことにはどうしようもない。


「(物音ひとつたててみろ)」


その瞬間に、脳天に鉛玉をぶち込んでやる。

内心毒を吐いて、やはり生存者の有無を確認する作業を続けるのであった。


そして、とある家に入ったときのこと。





―――刹那。



本当に小さな音だった。



しゅる、と布が擦れる摩擦音。



ふ、と集中しなければ意識を他に持っていかれそうなほどの静寂だったが、月島は物音のした方向へ足を向け、構えた銃の引き金を躊躇いなくひいた。






だぁんっ



打ち抜いた手応えがあった。
土間の奥、衾の中。

月島は口元を固く結び、得物を剣に持ち替え警戒の姿勢はそのままに、衾に手をかけた。
がらり、と開いた先には、この村を惨劇に染め上げた殺人鬼の顔があると思っていた。









だが







「は・・・・・・っ!?」




そこにあったのは、目隠しと猿轡、加えて両手両足を縄で無茶苦茶に縛り上げられぐったりと横たわっている、一人の女だった。




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