『番外編』
Another one65

 笑ってはいけないと堪えれば、笑い声は押し殺せても肩が揺れてしまう。

 緩んでしまう口元を隠そうとしても、真剣になりきれない瞳は何よりも雄弁で、目の前で陸が徐々にむくれていく様子も見て取れた。

「麻衣! ここ、笑うとこ!?」

「だ、だって……」

 どんな時でもやっぱり陸は陸で、そういう所に惹かれたのだと再確認してしまう。

 一度は手を離してしまったからこそ分かる、どんな苦労でも離れていた時の辛さを思えば、乗り越えられる。

 そばに誰よりも愛しい人がいるのだから乗り越えられないわけがない。

「陸、大好き」

「なにそれ! もう……反則だってば。そんんなこと言われたら、俺……何も言えなくなるじゃんか」

 子供のように口を尖らせた陸は、まるで子猫にでもなったみたいにすり寄ってくる。

 甘えるようにギュッと抱きつく陸の頭を撫でると、胸に顔を埋めている陸の呟く声が聞こえた。

「すげー幸せ。麻衣も?」

「もちろん」

 好きな人と一緒にいられることが、どれほど幸せなことか、色んな理由があってどうしても一緒にいられない人達もいるのに、自分はあまりにも身勝手だった。

 逃げただけの自分に対して、諦めず思い続けてくれた陸と、引き合わせてくれた周りの人に、どれだけ感謝をしてもし足りない。

(本当に、幸せ)

 言葉では言い尽くせない感謝の気持ちを、これからどうやって返していこうか、悩んでいると抱きついていた陸の腕が強くなった。

「陸?」

「健康な男女が、ベッドの上で裸で抱き合ってるのに、この湿っぽさってどうなんだろう?」

「じゃあ、湿っぽくないことすればいいんじゃないかな?」

 顔を上げた陸が、待ってましたとばかりに顔を綻ばせる。

 陸に抱きつかれたまま、ベッドに押し倒されて、寝転がった陸の目が合った。

「麻衣」

「ん?」

「本当に愛してるんだ。心から、麻衣だけを、ずっと」

「陸……」

「運命なんて言葉嫌いだったけど、出会った時に運命だと思った。両親が死んだことも、誠さんに拾われたことも、ホストになったことも、全部、全部……麻衣に出会うために必要なことだったんだって、今ならそう思うことが出来る」

「陸、わ……私……」

 胸がいっぱいになって、答えるべき言葉が見つからない。

 何か言おうと口を動かすと、陸が穏やかな笑顔を浮かべたまま首を横に振った。

「俺が言いたかっただけ。何も言わなくてもいいから、これから俺の言う言葉に頷いて?」

「なに?」

 少しの間のあと、陸は気負う様子もなく、茶化すでもなく、自然と口を開いた。

「これからの人生のすべての時間、俺と、幸せになるために使って?」

 口を開いたら涙声になってしまいそうで頷くだけで精一杯だった。

 幸せそうに笑った陸は、今度はニヤリと笑ったかと思うと、身体を密着させるほど引き寄せられた。

「それで、これから朝までは、俺と、気持ち良くなろ?」

 もちろん答えはイエスだったけれど、頷く暇はなく激しいキスが待っていた。

 ようやくたった一つの場所を見つけられたのだから、きっと素敵な時間が待っている。

end
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