恋風(こいかぜ)【4】
だけど……ね、お兄ちゃんだけじゃダメだってことも気が付いちゃったよ。
後ろが気になって仕方が無い。
振り返りたいのにどんな顔をしてそこにいるのか見るのが怖い。
「めーぐるちゃん?」
名前を呼ばれて肩がビクッと震える。
亮太郎の声は怒っていない、でも顔を見るまでは分からない。
巡は尋の腕の中のまま、ゆっくりと振り返り亮太郎の顔を見上げた。
「巡ちゃん? 場所が違うでしょ、場所が」
亮太郎が親指でトンと自分の胸を叩き、それからゆっくりと巡に向かって手を伸ばした。
良かった……怒ってない。
ホッとしたのに差し出された手を取ることが出来ないのは照れくさいから、でもこのまま手を取らなかったら嫌だと勘違いされてしまうかもしれない。
でも……お兄ちゃんの前でこんなこと、恥ずかしくてどんな顔をしていいのか分からないよ。
巡は亮太郎の視線を気にしつつ尋の顔を見上げた。
目の合った尋の瞳が一瞬見開かれ、それからゆっくりと細められると、尋の唇が意味ありげに引き上げられる。
「お……兄ちゃん?」
その笑顔の意味が分からなくて首を傾げた巡は肩に置かれた尋の手に強く抱き寄せられた。
「なんかもったいなくなってきたなぁ」
「尋ッ!!」
「お兄ちゃん!?」
二人の驚く声が重なると尋は抱きしめた巡の頭に顎を乗せて亮太郎を見据えた。
挑戦的な尋の視線に亮太郎の瞳が剣呑に光る。
「おい……俺はシスコンじゃない、って言い切ったのは誰だ?」
「シスコンじゃないって。俺はあの人みたいにはなれないし、なりたくないなぁと思ってるから。でも巡が可愛いことには変わりがないんだよね。だって、俺のたった一人の妹だし」
「そーれーを、シスコンって言うんじゃねぇのか、ああ?」
あの時と同じ言葉、でもあの時のような複雑な気持ちはない。
お兄ちゃんはお兄ちゃん、それ以上でもそれ以下でもない大切な存在、でも……少しずつ何かが変わってきている。
「ん、そうなの?」
とぼけたような尋の言葉の後、強い力で後ろから引っ張られた巡は勢いのついた身体を後ろから抱きしめられた。
長い腕が自分の胸の前で交差して、肩をしっかりと抱きこんでいる。
「は、離して……」
「なーんで? 尋は良くて俺はダメ?」
耳のそばで囁かれる声に目をギュッと閉じてしまう。
落ち着いていたはずの心臓が再び跳ね上がり、ドクドクとすごい勢いで熱くなった血が全身を駆け巡る。
「もうっ! お兄ちゃんの前じゃ、恥ずかしいんだってば!! バカバカバーーーカ!」
胸の前の腕に拳を叩きつけて、足をバタつかせても離れない亮太郎が声を上げて笑った。
「じゃあ、尋のいない所ならオッケー?」
囁いた亮太郎の声に、再び巡の怒声が辺りに響き渡った。
end
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