2010、夏祭り:-one-41


 動かないでと言われても、陸がすぐ側まで来ているのかと思うと、居ても立ってもいられずバス停から離れた。

(会ったらまず謝って、それから……)

 行き交う人の波へ目を凝らし歩いていた麻衣は、大通りから祭り会場へと続く道に陸を見たような気がした。

(見間違い……?)

 足早に露店の向こうに消えてしまう姿に麻衣は駆け出した。

 見間違いかもしれないと思ったのは、その姿が浴衣姿だったから、でも追いかけるように駆け出した理由は、着ている浴衣が見覚えのあるものだったから。

「きゃ……、すみません。ごめんなさい、通して下さいっ」

 すれ違う人に肩がぶつかって、謝りながら前に進もうとするけれど、それらしき姿は見当たらない。

「陸、陸……」

 声を聞いてしまったせいか、今ものすごく会いたくてたまらない。

 すぐ近くにいるなら一分でも早く陸の元へと駆けつけたい衝動に駆られ麻衣は声を出した。

「陸っ!」

 花火の音や大勢の人の話し声に声は掻き消された、そもそもどこにいるか分からない陸に届くはずもない。

 それでも麻衣は自分の場所が陸に伝わるといいと願いを込めてもう一度名前を呼んだ。

「陸ッッ!」

「待ってて、って言ったのに!! 俺が見つける、って言ったのに!!」

 魔法でも使ったのかそれとも声が届いたのか、肩を大きく揺らした陸が突然目の前に現れた。

 突然のことで呆気に取られながら口を開いた。

「だって……待ってられなかった。早く、会いたかった」

 陸は汗で額に張りついた髪を乱暴にかき上げると麻衣の肩を強く掴んで唸り声を上げた。

「陸……怒ってるの?」

「抱きしめたい。抱きしめてキスしたいけど、こんなとこでしたら麻衣が怒る。でも、すげぇしたい!!」

 どうやら葛藤しているらしい、肩の上で手を閉じたり開いたりする陸に、麻衣はなんだか可笑しくなってきた。

(いつもの陸だ……)

 無茶なことばかり言って、ワガママばかり言って、困らせてばかりなのに、好きをたくさんたくさんくれる。

「ここじゃ、ダメだよ?」

 同じ気持ちだけれど、さすがにそれは困ると笑うと陸はガックリと肩を落とした。

 いつもならそこで終わりだけれど、麻衣は陸の胸元に手を当てると、陸にだけ聞こえるように呟いた。

「早く帰ろ? 二人になりたい」

 恥ずかしい本音は一瞬で陸を笑顔に変えた。

「車、すぐそこ! 早く行……、でも麻衣……お祭り一緒に見たかったんじゃ……」

 手を引いて歩き出そうとした陸が足を止めて振り返ったけれど麻衣は首を横に振った。

「また来年があるからいいの。それより……その浴衣、どうして……」

 陸が着ている浴衣は仕立てて貰った浴衣ではなく、クローゼットの奥に仕舞い込んだはずの竜之介の浴衣だった。

「話したいことが、話さなくちゃいけないことが、たくさんあるんだ。でも、怒らないって約束して」

 悪いことをした子供のような顔をする陸に、こういう時は間違いなく嫌なことがあると核心した。

「怒るようなことなのね?」

「うーー、多分。でも俺が悪いからちゃんと話す、けど……抱きしめてキスして、それとエッチしてから、でもいい?」

「マンションに帰るまで時間はたっぷり」

 手を繋ぎ歩きだした二人の後ろでは、今年最後の花火が乱れ咲いた。


end

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