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手を握りこむ。広げる。強く目を閉じてから開いて、パラパラと無事に指が動くことを確認してから、広げた指で顔を撫で上げる。この手触りじゃあ雨なんて降らないだろう。すっかり猫の感触ではなく、ある意味触れ慣れている人間のつるりとした皮膚の感触。
ここ数日の修行の成果が成功したことを確認してから、寝入ったままの彼へと手を伸ばした。染めたり洗ってそのまま放置したりと苛め抜いた髪はきしりと軋み、指を通してはくれなくて引っかかるような手触りだ。野生の猫のほうがまだマシだ。猫っ毛だのなんだのともてはやされていた時期に触れていたらどんな感触だったのだろう。ワガハイのほうが柔らかかったら笑ってやるのに。
引っ張る形になってしまったからか不快そうな唸り声が響いて、染められていない淡い柔らかそうなまつげが揺れる。パッと開かれてしまえば嫌味なほどに眉間に寄せられる皺。無言で繰り出される目潰し。防犯だったら満点だろう。
癖でか「ギニャア」という悲鳴を上げてしまいつつベッドから転げ落ちれば的確に落ちてくる膝が見えたので避けかけたが、部屋が狭すぎて一回転しただけで背中で体重を受け止める羽目に陥っただけだった。もちろん痛いし動けない。
滑らかに背に回させられた腕が抑え込まれ、指一本動かしただけで殺されるんじゃないかと思っていればようやく寝起き丸出しのかすれ声が頭上から聞こえてきた。

「誰だ、何が目的だ」
「ちくしょう盤石だな!ワガハイだよ、ワガハイ!」
「……ああ、精神鑑定狙い?それくらいならどうとでもなるよ」
「モルガナだバカ!」
「不法侵入、盗聴、詐欺かな。ふふふ、こういうの僕詳しいよ?」
「あーもー!」

驚かしてやろうと思っていたけれどもそれどころか警察に突き出されるなんてまっぴらで、猫の頃の感覚でどうにか身を捻ってアケチを押しのけ勢いのままマウントを取りその顔を覗き込んだ。寝起きとは思えない、完全に覚醒した目に探る表情を滲ませて、ワガハイの顔からも仕草からも何か得られないかと神経を尖らせている彼の顔。
いつでも殴り掛かられるように両腕を自由にさせたまま、ほら、と己の片目を指し示す。手を得ても彼に迫る身長を得ても誰にでも聞こえる言葉を得ても、この目玉だけはどうにも変えられなかった。

「見覚えあるだろ、この色」
「僕の飼ってる猫に合わせてカラコンを入れるなんてもう変態の域ですね」
「そこまでわかってんなら察せよ!ワガハイがモルガナだっつってんだろが!」
「ふうん」

途端不機嫌顔から真顔へと変貌し、ゆっくりと身を捻るものだから上から退いた。さすがに寝技も絞め技も繰り出されることなく起き上がり、けれども胸倉を掴んできて見下ろされつつ口を開く。寝起きのしばらく声を出していなかった掠れ方で、仕事先で支払いを渋る依頼人に聞かせるような低音で。

「食費がかかる縮め」
「認めてそれかよ」

猫時の癖で手を前に突き出してしまえば、当然アケチの顔に当たる。けれども感触は全く別物で、当たる呼気につい引こうとした手はアケチ自身が掴んで猫が撫でる場所を要求するように手のひらにその頬を擦り付ける。
昨晩の彼の言葉を思えば不用意に手を引くのも憚られ、また好きにさせてやようと諦めて姿勢を崩した。

「出てけって、いわねえのな」
「拾ったのは僕なんだから、もう僕のものでいいだろ」
「横暴すぎる!」
「うるさい二股発情猫」
「はあ?!今猫じゃねえし!ってかなんだよ二股って!」
「お前蓮のとこにも行ってるの、俺が知らないと思ってんのか」
「やきもちかようるせー!」

人型になろうとも猫だろうとも、やり取りも手が出る回数も何も変わった実感はない。変わったことといえばコイツと対等に殴り合えるようになったとこくらいではないだろうか。頑張り甲斐のない事実に少し落胆して、変わらなかったことに安心してしまってうっかり猫に戻ってしまった。埋もれた洋服からの救助は滞りなく、妙に楽し気に行われたものだから改めてその顔を踏みつけてやればここ最近一番の笑顔が飛び出したけれども、どうにも腑に落ちなかった。




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