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別にいなくなったっていいと思っていた。
こいつからしてみれば喋る猫が家にいるだけで、あちらの世界に行き来もしなければ役に立てることもない、いっそ恨まれたっておかしくないし、それならそれで構わないと思ってこんなに汚くて狭いテナントに一緒に居座っていた。
恨まれたって迷惑がられたって心配なものは心配だ。あの薄暗い船の底で、こいつを選んでいたかもしれない可能性を考えた。ワガハイがそばに付いていればもしかしたら殺人なんてしなかったかもしれないとか思ってしまって、それなら今そばにいることでなにかできないかなんて考えてここに来た。なにができたかも分からないままで、衝動的に離れてしまったってそんなに気にもされないだろうとだけ思って。
ただ、面と向かって要らないと言われてしまっては堪えるだろうから、そうしたら幾日か置かないと顔を出すのがしんどいかもなあなんてことを今更考えて尻込みする。
何日帰らなかっただろうか、ちゃんと毎食食べてたのだろうか、まだここに住んでいるのだろうか、もう、ワガハイがいなくてもいいのだろうか。それは大分さみしい。まあ本当に大丈夫なのかは居座って見守ってやるくらいはしてやるが。
つまみ出されたなら適当な隙間から入ってやればいい。消極的ながら決意が固まったので、相変わらず汚いアスファルトの上から古臭いドアに向かって「にゃあ」と一声鳴いた。深夜という時間帯を考えれば、存外早くドアが開く。
開いた瞬間に掴みあげられて、ぬいぐるみのようにポイと投げられて思わず悲鳴を上げれば、きっちりと施錠をしたアケチがズカズカと大してない距離を乱暴に歩き、ワガハイに向かって倒れた。そのうえワガハイを仰向けに転がし腹に顔を埋めて深呼吸する。あまりの展開にしばらく固まっていたけれども、幸いこの奇行は経験済みなものでどうにか状況を把握することはできた。主に双葉とか双葉だとかマスターだとかで。まさか、コイツがこういった猫好きみたいなことをするとは思わなかったけれども。

「お前も俺を捨てるのか」

暴れて抜け出そうとした矢先に腹に向かってそんなことをつぶやかれたので、こんな奇行の理由はさっぱりわからないままだがどうやら嫌われてはいないことは理解した。したけれどもその後も腹の匂いを嗅がれ続けられるどう受け入れたらいいのかわからない。どうしろと。深読みされそうでつっぱたりだとか拒否はしたくないけれども、それでも腹で呼吸されているのはどうするのが正解だというのか。

「捨てねえよ、お前なんて」

とりあえず、気が済むまで好きにさせてやろうと腹を括り脱力した。面倒なやつだなあ、と改めて思う。ますます離れがたくなるから言い訳を準備する手間も省けて楽だけれども。
仕方ねえからまたここにいてやるよと頬を舐める。しょっぱかったりすれば可愛げがあるのに、ただただあついだけだった。



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