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グラニデからルミナシアに来てもう何日経ったのかだと言うのは案外はっきりとはしていなくて、まあ多分1週間は経っていないんだろうなぁ、なんて思った反面、まあそろそろ限界だったので仕方ないんだろうなぁ、と他人事のように思おうと必死だったと言えば本当に必死ではあった。
ガイが、ティアが、ナタリアが、アッシュが、みんながクエストに出かけると言うのにこっちのルークだけは「護衛が居ないから」だとか「立場を考えて」だとかでお留守番を食らっていて、暇だ暇だと喚いて、他国の騎士にまで無理難題を吹っ掛けるその姿に堪忍袋の尾が切れたと言うのがその経緯の一つなのだが、そんなことはどうでもいいと思うぐらい、今はちょっとグラニデのルークだって現実を直視したくない気持ちでいっぱいで。
あんまりにも我が儘を言うし、態度も悪いし、ちょっとした悪戯と言うのか出来心と言うのか。別にこいつは異世界の自分なんだから、と言う気持ちも手伝って、レイヴンだとか言うおっさんの下ネタも通じない無知さにこいつ自分で抜いたこともないんじゃないだろうな…と嫌な予感がしてひん剥いてみたのが、とにかく間違いだったのは認めようと思った。
ソファに押し倒して頭の上で腕を一纏めにして抑え込んで、ベルトを外して下着ごとズボンを脱がしたのはまあ勢いであっという間にしてしまったのだが…ごめん、俺が悪かった。
全面的に俺が間違ってた。

こっちのルークは腹出しじゃないんだな、なんて呑気に思っていた数分前の自分を殴り飛ばしてやりたい気分にもなったのが、だってこっちのルークは異世界の自分自身だって思っていたのだから仕方ないだろう、と意味のない言い訳をしてしまったのはそんな反応しかできないせいだと明後日の方を向きながら、考えてみたりもして。


「…っつ、ひ、ぅ…っ」


現状、ソファに仰向けに押し倒してやったルミナシアのルークが声を抑えようとしつつも、結局は泣きじゃくり中。
やらかしたなぁー、と思ったグラニデのルークは現実逃避に必死だった。
何せ、下着ごとズボンを摺り下げたら、そこに付いていると思ったものが付いてなかったわけで。


(……どうしよ、まさか女だって可能性は考えてなかった…)


かなり軽いノリでそんなことをグラニデのルークだって思ったのだが、実際は混乱しきった頭が難しいことを全部放棄した結果に過ぎなかったりもした。
一気にズボンをソファの下に落とすとかしなくて良かったぁー、だとか思う前にさすがにやばいぞこの状況、と頭の中で先程から警鐘が鳴り響いていてしょうがない。
いきなり押し倒されたこちらのルークと言えばマジで泣きが入っており、一応両手は解放したものの、殴りかかってくることも抵抗することもなく、ひたすら手のひらで顔を覆い隠して泣き続けているのだから、これには罪悪感を感じないわけにはいかなかった。
明後日の方を向いていた視線を何度落としても、そこに男だったらあるはずのものがどこにもない。
腹を隠している黒のインナーをたくし上げたら胸だろう位置に差し掛かるところでサラシが見えた。
無理やり押さえつけているらしいそれに手を伸ばしたら、驚いたルークが必死になって拒もうとしたけれどそれもお構いなしに解いてやったら、豊満なとは言えないけれど形良く膨らんだ、男には決してない乳房が見えてちょっとこっちも泣きたくなった。
やっぱり疑いなく自分とは性別が違うらしい。
……やばい。
どうしよかなり気まずいんだけど。



「…なにやってんだ?お前」
「あ、ユーリ」


このままどうしようかと泣いたままのルークを放置してぼんやりとしていたら、不意にそんな正直今聞こえたらまずい人物の声が聞こえたのだけど、飽和状態の頭じゃそんな言葉しか返せなくて、うっかりそのままその人物を振り返って名前を呼べば、訝しげに見つめてくる瞳と目があってもう苦く笑うしかなかった。
そうして鍵を閉め忘れていたらしい現実に、「しまった痛恨のミス…!」と心の中だけでボケてみるも、当然の如くツッコミは無くて苦笑いが引っ込めやしない。
入口の扉を開けた地点からじゃソファに押し倒したルークが見えなくて良かった、と全く何の救いにもならないことを思っていたりもしたのだが、こちらのルークを探していたらしいユーリはあっさり部屋の奥に入ってきて、あっさりルークを見てしまったのだから、ははははは、と乾いた笑いぐらいしか返せなかった。
クエストの予定がないからこそ、ユーリが手ぶらで助かったと思う。
ユーリの名前に可哀想に思えるぐらい震え出したルークのズボンを元の位置に戻すには、ちょっと時間が足らなかった。
サラシを巻き直すなんて論外だ。


「いやぁ…こっちの俺って我が儘ばっかで態度悪いだろ?知らないことも多いし、調子に乗ってるとこも結構あったし?レイヴンの露骨な下ネタも通じてなかったみたいだし、こいつ大丈夫かなってお仕置き兼ねてちょっと抜いてやろうと思ったんだけど…」
「まずその発想が理解できねぇな。野郎のを抜いてやってどうすんだよ…」
「ああ、そこはまあ自分自身だし?普通にオナニーと変わんないかなって」
「異世界の自分相手でも普通は御免だろ」
「そこは人それぞれってことで。ま、問題はそっからで…あのさ、ユーリ。最初に謝っとく」
「は?」
「ごめん、これどうしよ」


ユーリに合わせていた視線を再びルークに戻し、ユーリにも見せるべく視線を促したら、その瞬間空気が凍り付いたからさすがに俺でも血の気が引いてしまった。
助けてくれよガイ…!なんてグラニデに居る親友に向けたところで意味は全く成さないのは分かりきった話だったのだが、一瞬で表情が抜け落ちたユーリは改めて見るまで気付いていなかったようで、居た堪れないほどの沈黙の後、容赦なく頭を引っ叩かれてソファから叩き落されたことには抵抗しなかった。
そのハリセンはどこから出したんだよ、とそんなツッコミはかなりしたかったけれども…全面的にこっちが悪いと言う自覚がある以上、なんにも言えないです。ごめんなさい。


「……渾身の力を込めると、ハリセンも武器になるんだな…」
「知らなかったのか?ロイドやクロエの武器だぞ?これ」
「結構な攻撃力で……」
「ほかに言うことはないのか」
「ゴメンナサイ」


痛む頭を押さえる前に土下座して謝れば、嫌悪感丸出しの目を向けていたユーリが呆れたように溜め息を吐いてルークを起き上がらせに行ったのがわかったから、その時になってようやくグラニデのルークも顔を上げることができた。が、ぽろぽろとかじゃなくて幼い子どもが見てくれとか全く関係なしにぼったぼった泣きじゃくっているように涙と鼻水で顔が凄いことになっているルミナシアのルークの姿を前に、再び土下座モードに移行するしかなかった。
胸とか普通に出てるし、ズボンとか摺り下げてしまったままだったし、で見た目からしてかなりまずいしやばい状況なのだが、優しく背中を撫でて落ち着かせようとするユーリにはいくら感謝しても本当に足りないんじゃないかと思う。
正座の姿勢から碌に動くことは許されていないような雰囲気だったのだが、「どういうことなのか話してくれねぇか?ルーク」とそこから続く会話になんだかとっても嫌な予感がして口元が引き攣ったのが自分で分かった。
だって勘違いじゃなきゃユーリはルークのことが気になってて、ルークが男だから踏ん切りがつかなかったっぽいし。
……ついでに言うと、性別まで偽っている人間が、他の人間よりも高い王位継承権を持っているのは、結構後味の悪い役目を担わされているからだと思うわけで。






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