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宿屋に連れて来てベッドに寝かせ、医師の手配を済ませて大体の診察も済んで大事ないことが分かって……等々。
診察中も席を外したり別に悪いことは一切していない筈だと言うのに、感じた悪寒を気のせいだと言うには独占欲丸出しの男に心当たりがあったので、ゼロスはなんだかもう生きた心地が全くしなかったが、ここまで来たらもうどうしようもなかった。
俺様何か悪いことしたか…?と考えたところで意味はないだろうし、それよりもまず、問題は別にあるだろう。
こんな夜中に医師を呼び出せた手腕を褒めてもらいたいところだと現実逃避をし続けるにはベッドの上のシーツの塊を放って置くわけにもいかなくて、溜め息こそ吐かなかったもののゼロスは途方に暮れてはいた。
診察を済ませてからと言うもの全く顔を合わせようとしてくれないのはなんとなく予想は出来ていたが、それにしたってこの徹底っぷりにはちょっと傷付いても悪くないと思う。



「…ちょーっとは落ち着いた?ルーくん」



頭からシーツに包まってベッドの端に座り込んでいる白い塊にそう声を掛けたのだが、案の定の無言にゼロスは苦く笑って、それからとりあえず体を温めてくれとホットミルクを差し出した。
シーツの合わせ目からチラッと見えた翡翠色の瞳は、そのカップに注がれた飲み物を見て嫌そうに眉を寄せたようだが、流石にここはゼロスも引くわけにはいかない。
ミルクが嫌いだとは聞いていた。
だがゼロスも知識はあるわけでもないのでなんとなく、紅茶などを飲ませるよりはマシかな、という程度でミルクを選んだだけではあるのだが…もう自分1人だけの体じゃないのだ。それなら好き嫌いが多いのも考え物だろう、とここでの拒否は、ちょっと聞けそうにない。



「俺様は〜、ルーくんがミルク嫌いってのは知ってっけど、もうそんな我が儘は言ってる場合じゃないって、ルーくんも気付いてるよな」
「……………」
「飲めよ。蜂蜜入れてあるし、甘くしてあるから飲めるって。なあ、新米お母さん」


あえてからかうように言ってやればそれが余計癇に障ったのか思いっきり睨み付けられたけれど、渋々と言った形でも受け取っては貰えたから、ゼロスは人1人分以上の距離は取って、同じようにベッドに腰を掛けた。
距離だけは離れているけれど、隣同士に並んで座る。
シーツに包まっているからこそカップを受け取ったルークがどうしているのか分からなかったが、ああ言えばおそらく飲むだろうとは思ったのでそれ以上は気に掛けなかった。無理やり飲ませるには、流石にそこまで親しくないしなぁ、と今更なことを考えて、現実逃避なんて。



「……なんでゼロスが俺が性別誤魔化してたことに驚かないかとか、聞いたらなんかすっげぇ頭痛くなる気がするから、聞かないといてやる」
「あー…それは…俺様も聞かないで頂けると嬉しいと言いますか…」


むしろどのみち土下座しなけでばならないのではないか?とそんなことも考えれてしまうだけに、ゼロスとしてはその点に関してはうやむやなままの方がとっても嬉しいし楽なことは楽なのだが、どっちにしろその性別云々の際に目にしてしまった光景を思い出してしまい、耳まで真っ赤にして一旦顔を逸らすしかなかった。
この点に関しては自分とあの堅物騎士ともう1人が全面的に悪いのだし、むしろ詳しく話してしまったら怒れてくるのはルークの方だろう。シーツに包まったままのルークはそこまで言及する気はなかったのか、わりと静かに話をする気はあるようだったが、いっぱいいっぱいだと言うことに気付けないほど、ゼロスもそこまで鈍くはなかった。


「単刀直入にさ、聞いちゃってもいいなら、聞くけど」
「…………」
「赤ん坊、出来たんだろ?ユーリとの。医者はなんて言ってた?」


出来るだけ素っ気ない態度ではなくて、優しく、ここに居るべきだろう男が掛けていただろう声色で問えば、シーツに包まったその中でルークが肩を跳ねさせたのがわかったから、これは相当重症だな、とゼロスは頭を抱えたくなって仕方なかった。触れられることは拒まれるだろうから背を撫でたりなどはしないが、それにしたってこの空気はちょっと息苦しいものだろう。
医者の診断結果ならゼロスだって聞いてはいたのだ。
だからこそ、知っていた。精神的に不安定になっているから、優しくしてあげて下さいと言われたその言葉に、誰が必要かと言うことぐらい、初めから。


「…三か月目に入ったところだって、言ってた」
「おめでとさん、って言うには、そんな心境じゃない感じ、だな」
「…………」
「相思相愛に見えたんだけど、実は違う感じだったわけ?ユーリはルーくんのこと大切にしてたし、子どもができたって言うなら喜ぶと思うけど」
「……勝手なこと言ってんじゃねーよ」
「そりゃ話してもらってねぇからな。勝手なことしか言えねぇし勝手なこと言うけど、道端の石ころよりは話相手にしてもマシだと思うぜ?ま、ルーくんが喋りたくないってなら、無理はしないけど」
「……………」


朝になったら無理やりにでも連れて帰ると言う最終手段はあることだし、とまでは流石に口にしなかったが、どうにか自分自身にも言い聞かせつつそう言えば、スーツに包まっていた筈のルークがひょこっと顔を出して視線を向けて来たから、思わず顔を真っ赤にしてしまった自信の方があった。
今更だがかなり気まずいし、お前なに言ってんの?な視線を向けてくるルークに土下座したいような衝動に駆られていたりもする。先程までの態度はどこに消えたんだおい、とは言いたかったけれどゼロスはとりあえず黙ってルークの言葉を待った。
ホットミルクは頑張って半分ほど飲んだようだが、残っている中身をぶちまけられたら洒落にならないよなぁ…と思いつつも、まあ多分大体は冷めてるから大丈夫だろう。うん、多分。


「……産みたく、ないんだよ」


妙な現実逃避をしているその最中で、今にも消え入りそうな声で小さく告げられた言葉に、思わず「へ?」と間の抜けた声を返してしまったのが不味かったのか、次の瞬間には思いっきり枕を顔面にぶつけられたから、カップじゃなくて良かったと思うしかありませんでした。



「産みたくないって言ってんだっつーの!!子どもなんて要らない!!欲しくなんかなかった!!もう全部が全部嫌になって飛び出して来たんだよ!!赤ちゃんなんて嫌だったんだ!!」


怒鳴り散らして暴れたルークを、咄嗟にゼロスはまずカップを確保してサイドテーブルに置き、そこから慌てて腕を掴んで止めようとしたのだが、思いっきりぶん殴られたのだからこれは不味いと思わず抱きしめてしまって、そこから固まるしかなかった。思わず抱きしめてしまったが凄まじくなんだか寒気がかなりしたような…ああ、でもそんな場合じゃないのだから、ちょっとは許せよ不可抗力だろこれはお願いします!


「ちょーっと一旦落ち着けって、ルーくん。なんでそんな風に考えんだよ。ユーリが子どもなんて要らないって言ったか?違うだろ?あの様子なら子どもデキても喜ぶだけで、まとめて面倒みてくれるって」


はなせ、触るな、俺なんて放って置けばいいだろ!と、腕の中で暴れるルークに、心の中ではかなり焦って気が気でない癖に平静を装って、言い聞かせるようにゼロスは何とかそうやって声を掛けることが出来ていた。
ぽんぽん、とシーツ越しに背を撫でてやれば、ほんの少しでも落ち着いてくれるルークに安堵しつつ、もう誰か助けてくれとそんな弱音を吐きたくもなっていて。
泣いているかどうかは知らないが、情けない顔をしているのは容易に想像できた。
今度は聞き逃さないようにしなければならない。ここで説得に失敗したら、漸毅狼影陣だけで済まないと思うのは、嫌過ぎる展開過ぎてこちらこそ逃げ出したい。


「なんでそんなこと思うんだ?ルーくん。話してみろよ。溜め込んでるよりは楽になると、俺様は思うんだけど」


抱きしめたままそう言った瞬間、まさか顎に頭突きを喰らうとは流石にゼロスも思っていなかったので思わず手を放して咄嗟にまた1人分以上の距離を開けて離れてしまった。が、痛む顎のことに文句を言うよりもまず、肩を震わせ、小さな子どもが今にも泣き出しそうな顔をして、必死に涙を堪えているルークの顔が見えてしまったから、何の反応も取ることが出来なかった。
唇が震えている。何かを必死に言おうとして、けれど言えなくて。
だからなんでこういう時に限ってあの男はいないんだと、もう何度目かのことをゼロスは叫びたくなったが、お腹の子どもの父親だからこそ、ユーリではダメだと漠然と思った。
関係の無い第三者の方がいいのかも、しれない。碌々家族ごっこも満足にしたことがないのだから勘弁してくれよと思ったが、想像でしか補えない部分を抱えていたのは、お互い様か。



「……要らない子、だったんだ…俺が。アッシュだけで良かったのにって、昔から、よく言われてて…」


ぽつりぽつりと溢れた言葉は、相槌を求められてはいなかった。
王位継承者だのなんだの言って、子どもを直視しないことはどこも一緒かと思いつつ、ゼロスの頭の中に浮かんだのは、まだ幼さの残る妹のこと。そして、母親のこと、で。


「俺なんかが産まれなかったらファブレ家も安泰だったのにって使用人たちがよく言ってた…要らない子だって、奥様もお可哀想にって。…ユーリなら喜んでくれるって、思いたかった。でも、ダメなんだ…っ、おれが!おれがこの子を!愛してあげられないから!!」


これはあのユーリがああまでして夢中になって、ただ1人に愛情を注ぐ理由が分かったような気がした。
思わず笑みを浮かべてしまうのは、心優しい彼の…いや、彼女の、と言うべきか。
心に触れることが出来たから、で。
ゼロスの母親はこうではなかった。
吐き捨てるように言われた言葉は、呪詛以外の意味を持ってはくれなかった。


「この子に何をするか分からないんだよ!!だから産みたくなんてない!!欲しくなんかなかった!!……っどうやったら愛せるのか、分からない、から…っ!!」


傷付けるぐらいなら、最初から欲しくなかったと泣きながら言うルークの姿に、ゼロスはこれはもう1人の責任者が居てもどうしようもならない理由だったなと頭を抱えるその前に、一度だけなんとなく、宿屋の薄汚れた天井を仰ぎ見た。
本音を言うなら避妊しなかったユーリが悪いだとかそういう話になるかもしれないが、おそらくユーリとしては、子どもを最初から望んでいて避妊もしなかったのだろうし、そこのところは何を言ってもルークとの子どもが欲しかったとしか言わないだろう。
羨ましいな、とゼロスは思った。
誰がって言えば、ルークの身籠っている赤子が、だ。



「俺様も、要らない子だったよ」


呟くように言ったゼロスの言葉に、呆然と目を見張ってルークはそこでようやく顔を上げて、目の前に居る人物の顔を見た。
天井を仰ぎ見ながら話すゼロスの横顔を見つめて、動けない。ゼロスは凪いだ瞳で染みだらけの天井を眺めて、それから視線をルークへと、落とした。そこに憤りは、ない。ただ真っ直ぐに、ルークを見据えている。


「祝福はされなかったみたいだったかなー。周りは上辺だけお祝いっつって、肝心の母親は相当要らなかったみたいでさ。さんざん言われたな。お前なんか生まなければよかったって。堪ったもんじゃねぇし俺様も結構ショックだったりしたんだぜ?でも、ルーくんは違うよ。産まれた子どもに、お前なんて要らないなんて、絶対に言わないよ」
「…っ!そんなのわかんないだろ?!!」
「わかるって。助けてって言ったじゃん、さっき。この子を助けてって。要らない子どもにそんな言葉は、出てくるわけがねぇよな?」


ぽんぽん、と頭を撫でながらゼロスが言えば、ぐしゃぐしゃに顔を歪めて、とうとうルークは堪えることが出来なくなったのか、小さな子どものように泣きじゃくってしまった。
後から後から涙が溢れて、止まらない。
ゼロスにしがみついてルークは泣いた。なんか妹みてぇだな、と思いつつも、ゼロスは抱きしめてやって、そうして背を撫でてやるのを止めたりはしなかった。


「いろんなこと考えてちょっとわけがわからなくなってただけなんだよな。大丈夫だって、そんなに泣かなくてもルーくんは赤ん坊が大切な、自分の子どもをちゃんと愛せる、立派なお母さんだ。俺様羨ましいぐらいなんだぜ?ルーくんの子どもはこんなにお母さんに愛されてんだ。それって凄ぇ幸せなことなんだよ」
「…ごめ、なさ…っ、おれ、おれ…っ!!」
「それで、言いたいことがきちんと決まって、今浮かんだばっかの言葉は…俺様じゃない、誰に言うべき言葉なのかって言うのは、ちゃんと分かるよな?」


聞けば、きちんと頷いたルークにゼロスはようやくほっと心の底から安堵して、とりあえず泣きじゃくるルークを落ち着かせれるだけ落ち着かせてから、ベッドへと横たわらせた。
冷静になればその分だけルークは今泣いたことを恥だと認識したのか耳まで赤くして睨み付けてくるから可愛げがないのな、と思う反面、あんなにぼろぼろになってた姿よりはマシかとゼロスは苦く笑うしかない。


「朝になったらすぐに船に戻るから、そん時にちゃんと伝えてやれよ?俺様が起こしてやっから、今は寝ときなって」
「……なんか、すっげぇ腹立つ。ゼロスに借り作っちまった…」
「うん、まぁ、その借りは俺様の命の保証をしてくれれば全然オッケーなんだけど」
「は?」
「いやいやこっちの話。きちんと捕まえておいてくれれば大丈夫と言いますか……」
「???」


なんかどのみち鳳凰天翔駆ぐらいはお見舞いされるような気もしたが、そこは言っても通じないだろうと思ったのでゼロスは流石に言葉を濁しておいた。ああ、これ戻った時ほんとに殺されるんじゃないだろうか?なんて考えていれば、不意に手を掴まれて、きょとんと目を丸くしつつもルークへと視線を向ける。
「どうかしたのか?ルーくん」と聞きかけて、しかしそれよりも先に顔を真っ赤にさせて、恥ずかしそうにそっぽを向いたままそれでも言ってくれたルークの言葉に、思わず笑みがこぼれてしまっていた。



「……悪かったな、ゼロス。あと…ありが、とう」


ぼそぼそと小さな声で言われた言葉に、これは「え?なんか言ったのか?」とでも返せば「二度とは言わねぇ!!」と怒鳴るだろう姿もついでに簡単に想像出来たが、揶揄うことは流石にできなかった。
もぞもぞと布団に包まってしまう姿に思わずガキかとそんな感想を抱かないことはないが、本当は素直で優しい子だと言うのは間違っていなかったのだとも思いつつ、良い奴なんだと話ていたロイドの言葉が、結局はその通りなのだろう。


頑張れよ、お母さん。




「どういたしまして、ルーク」














※まだ続きますが書いてた当人がすっげむず痒くなりました
※うわああああああああああああああ綺麗なゼロスに蕁麻疹
※ゼロスの話はシンフォの…か?ぐらいで流してください
※この後ゼロスは徹夜。下町コンビもライフボトル使用後徹夜です。
※スルースキル全力で推奨です※とりあえず昔の少女マンガ読んで耐性をですな…耐性、を…orz
※全編ギャグと思って読んだ方がいいかもしれないです
※いい具合に乾燥してから聖母のような眼差しで読んで頂けると…あの、はい
※すみませんでしたorz

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