B






ああ、もうダメだな、これ。



なんて、どこか投げ遣りな、どころか本人的にはかなり真面目にそしてとんでもないことを考えていたりするのだが、グラニデのルークが帰還するタイミングをものの見事に外し駆け落ち云々が頓挫しかかっている現状で、ルミナシアのルークはもう何が何だかさっぱりわからんとばかりに頭を抱え、正直途方に暮れていたりもした。
時刻はようやっと夜の11時に差し掛かる辺りだろうか。
使用人の俺が主人より先に入浴を済ませるのは如何なものだろうかとぶつぶつ言っていたガイに今日も今日とて笑顔でコレットがドジを炸裂しココアをぶちまけ(そして容赦なくさっさと出て行けと追い出したのだけど)、泣く泣く風呂場へ行ったからこそ誰も居合わせていない室内にて、カレンダーを指でなぞるように触れるルミナシアのルークの顔色は最高に悪く、ここ最近でちゃっかり重度のシスコンになってしまった弟に見つかりでもしたら卒倒するんじゃないかと言う自覚はあったが、それどころではない。
青褪めた顔でカレンダーの数字を無意味に何度もなぞるように触れて、ここまで混乱すると泣けもしないことを初めて知った。グラニデのルークが来た日から触れて、今日現在の日付までの日数を、信じたくないからこそ数えて、血の気が引く。
体が震えているのが自分でも分かった。
言葉にするのを自分自身が何よりも、躊躇っている。
怖がっていると言い換えてもなんら間違っていないぐらい、ルークは口にしたく、なかった。


「…はは、…嘘だろ、これ」


震える唇でようやくそれだけをどうにか言って、けれど自分で言っていて何が嘘かといっそ嗤えてもくるのだから、もうどうすることも出来ずにルークは自分の前髪を手でぐしゃりと掻き上げて、情けなく顔を歪めて、もう一度数字へと、触れるしかなかった。
嘘と口にしておいて、その言葉を自分自身が全く信じていないこともまた、自覚はしている。
それなのに指先がバカみたいに震えていた。
咄嗟に口元を押さえなければみっともなく喚きそうだったのだけどそれはかろうじて堪えて、何度も何度も数字を目で追うしかなかった。
けれどそこにあったのは、目を背けることのできない、事実しかなくて。


「……どうしろっつーんだよ…、バカか、おれ」


嫌に掠れた声で自分を嘲ったところで何も変わらなくて、血の気が失せ過ぎて真っ白になった顔色で恐る恐る、震える手のひらで腹に……下腹部に、触れた。
普段と全く変わらないようにと思い込みたいのだが、改めて知ってしまった事実がそれを許してくれなくて、どうしてこの場に立っていることができるのかすら、自分ではもう分からない。
性知識に関して全くの無知でないどころかここ数か月…と言うよりもグラニデのルークが来て少し経ってからの約3ヶ月はその危険性を知っていて行為に及んでいたわけなのだが、知っていることと理解していることは別ものだったようで、ルークは今更困惑している自分が嫌だったし、それでも認めたくない、と思ってしまったことに吐き気がした。
女性だったら毎月来るべきものが、来ていない。
元々定期的に来てはいなかったから、ひと月空いてもあまり気にしていなかったし、ストレスでよくずれることも多かったからそうだとばかり思い込んでいたのだけれど、それにしたって、おかしい。
自分の性別を偽って過ごしていたルークにとって相手がいくら想いを寄せていたユーリだったとしても、だからこそ精神的にかなり負担を掛けてしまっていた部分もあったのでひと月程来なかっただけなら、まだ分かる。
けれど2ヶ月も空いたことなんて、今までなかった。
身に覚えがなければ、このまま放置してもいいし、そもそも性別を偽っているからこそ医者になんて掛かれないのだが、今回ばかりは身に覚えがあり過ぎて、そうは、いかない。



そうだ、もう逃げよう。



と、改めずともとんでもない結論を弾き出したルークだったのだけれど、気付いてしまった事実に、もしかしたら孕んでしまった小さな命に、正面からまともに向き合って考えるには勇気もなければそんな気持ちにもなれそうになかった。
聞かれればなんて軽い感想を思っているんだと誰かしらに怒鳴られそうではあるが、だからと言って他にどうしたらいいのか、分かりやしない。
体の震えは止まらないし、血の気の引いた顔は情けなく歪んだままで、そして何より、『ユーリ』の顔は全く浮かんでいなかった。


抱いた想いは、イヤだ、なんて。
たった、それだけ。


吐き気がしたのはそう思った自分に対してで、それでもどうしていいのかわからなければ誰かに言える筈もなくて、取れる行動は、限られていた。




「ーーーーーーッ!!」



咄嗟にマントを掴んで部屋を飛び出したのは、それからすぐのことだった。
運が良かったとしか言えないのだろう。ホールにアンジュの姿はなかったし、この日は偶々セルシウスはリヒターと一緒にクエストへ出ていて、甲板には誰の姿もなかったのだから。
泣くなと自分に言い聞かせて、ただ走ることしか、できない。
頭の中には微かに走ってはダメだとそんな思いもチラついたが、それでも今はとにかく駆け出した足を止めることは出来なかった。


天球に一際輝く星に背を向けての、逃走。
逃げることしかできなかったこれは敗走と言っても違いないと思ったら少しだけ笑えたけれど、そんなことは気のせいでしかなくて、溢れる涙は止まることを知らなかった。
大丈夫。ちゃんと分かってる。理解してる。
許されないのはきちんと分かってるし、どれだけ愚かしいのか理解してるけど、それでも。






喜んであげられなくて、ごめん、ね。








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