A



あと数日もしたらグラニデに帰らなくちゃいけないんだ、とそんな話を食堂でした時に、「よし、なら宴会をやろう!」と言い出したのが一体誰だったのかはすでに記憶になかった。
未成年者はみんなでわいわい騒ぎたかっただけだだろうし、成人済みメンバーはなにかと理由をつけて酒を飲みたかっただけだったのだろう。
翌日にそれなりのクエストがあるメンバーはあまり羽目を外さないよう気を付けてはいるようだったが80人も居るアドリビトムのメンバーで宴会をやればそりゃあ凄い騒ぎになって、こういうノリはあっちと変わらないんだな、とグラニデのルークは苦く笑いながら展望室へと足を向けていた。

本当は宴会の主役にさせることではないんだけど、と。

ロックスの差し出す料理を複雑な笑みを浮かべて食べながら話すアンジュの姿を思い出してこの反応しか返せられないのだから、仕方のないことなんだろう。展望室はいくつかの酒が保管されている場所でもあった。
要はパシらされた、と言う話だった。
それもまあ、苦笑いのアンジュが続けてあんなことを言わなければ、断っていたところだったが。


「ごめんなさいね、ルーク君。本当はアッシュ君に頼んだのだけれど、戻って来ないのよ」


だから、様子を見に行ってくれる?と困ったように言った彼女の申し出に、ピンと来たのはこちらだったのだから、まさか文句の一つも言える筈がなかったのだ。
遠慮なく王族を既にパシッてたんだな、とはツッコミたかったものの。



(そういえば途中からこっちのルークの姿もなかったもんなぁ…あーあ、刃傷沙汰になってなきゃいいけど。)


とんでもなく物騒なことを平気で思った自覚はあったが、宴会の場についでにユーリの姿もなかったのだから、まあそういうことではあった。
しけこんでるんだろうなあ、とは思う。なにせ数日前にけしかけたのはこっちの方であるし、責任感の強いアッシュが頼まれ事を途中で放置していると言うことは、おそらく鉢合わせたんだろうな、とそんな予測は簡単に立てられてしまうことでもあって。
こっちのルークとアッシュの関係は見ていて頭が痛くなるほど悪くて、俺こんな風にアッシュが反抗期迎えてたら絶対に泣く自信がある、と本気でへこんだぐらい兄弟仲は最悪だったのだ。……とは言えもう少しなんとかなったら一気にアッシュはブラコン化しそうな気もしないことはないのだが、だからこそこのタイミングで目撃者Aになるのはまずいとかなり思う。
どうか予想が外れていますように!と願った時に限ってものの見事に当たっているのはもう読めたパターンだったのでそんなに期待はしていなかったのだが、展望室手前の階段に、凍り付いたように固まった紅い髪の、こっちの弟の後ろ姿が見えた時には苦く笑うしかなかった。わお、ステータス異常で石化になってるよ、アッシュ!俺パナシーアボトル持ってない!


「そんなとこでどうしたんだ?アッ「ふぁああぁあ…っ!も、もう、や!やだぁ!ユーリぃ…っ!」…はい」


アッシュに話しかけたと言うのにおもいっきり聞こえたのは案の定のこっちのルークのやらかしてしまった声で、見なくてもいやいやと首を振っているのが簡単に想像できるその内容に、錆び付いたブリキの人形みたいにアッシュがギギギギギ、とかなり時間を掛けて振り返った。可哀想なぐらい涙目だった。
いや、俺に泣かれても…と言うのが正直な感想だったことは感想だったけれど、こっちのアッシュはやっぱり俺にとっては異世界の大切な弟みたいなもので、この場に置き去りにする、と言うことだけはしないでおこうと思う。
苦く笑いながらとりあえず近付いてみれば、涙目になったアッシュが凄い形相をして肩を鷲掴んできたから、これは相当前から発狂寸前だったんだな、と簡単に想像できた。展望室の2人…と言うか突っ込んでいる方は間違いなく絶好調だと思う。
見せ付けちゃえば?と言ったのはこっちの方だし。
絶対わざとだ。
気付いててやってんだよな、ユーリ。


「アンジュに戻ってこないから様子を見に行ってくれる?って頼まれたんだ。その様子だと…取りに行けるわけないよな、やっぱり」


苦笑いのままそう言えば、鬼の形相と言うよりもどうしていいのかわからなくて表情を強張らせることしかできなくなっているらしいアッシュが、唇を戦慄かせた。
混乱に困惑と、それを上回るほどの…多分、怒り。


「なに考えてんのか本当にあいつはわけがわからねぇ…あの屑が!!ナタリアが居るのによりによって同じ男とだと?!どこまで落ちぶれれば気が済むんだ!結局あいつは、何一つわかっちゃいねぇ!!」


怒りのままにそう叫んだアッシュの言葉に、おかしな話だけど、思わずほっとしてしまったと言うのか。
こっちのルークの話を疑っていたわけじゃないけれど、本当にアッシュがルークの性別を知らないんだとわかってなんだか嬉しく思えて仕方なかった。
良かった。
アッシュはあんな馬鹿な決定を知らない。ナタリアのこともきちんと思っていて、そしてルークに期待しているからこそ、ユーリとの関係を持っていると知ってああいう言葉が出てきてくれたんだろう。
なんだあいつ全然ひとりぼっちなんかじゃないんだ、と思えたらほっとして早いとこアンジュの用事を済ませてしまおうかと思った。
ここまで来たら取りに行くのは俺しか居ないし。
右手と右足、一緒に出してるアッシュじゃまず無理だ。


「今の言葉をさ、ルークに直接言ってあげなよ、アッシュ。ここで俺に言っても陰口と変わらない。二人には会話が足りてないんだって俺は思う。ルークと話をしてみろよ、アッシュ。自分の気持ちを、そのまま言った方が、ずっといいからさ」


穏やかに笑んでそう言ったグラニデのルークのことを、このとき聖母のようだとアッシュが思ったかどうかはさておき。
まともなことを言ってるようで全然まともな頭をしていないことを自覚済みのグラニデのルークは、どこか考え込んだアッシュに、続けて言った。





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