「二口焼きそばパン買ってきて」
「嫌に決まってんだろ。誰があんなとこ突っ込むかっつーの。」
「お前デケェじゃん!何の為の身長だよ!」
「バレーの為だボケ」
昼休み。まだ授業が終わったばかりだというのに、売店には人だかりができていた。それも9割が男である。そんなむさ苦しい場所から顔を出した友人を笑ったのは、飲み物を買いに来た二口だった。
全校生徒がお昼を買い求めてやってくる売店。もちろん食堂に流れる者が大半だが、弁当にプラスで惣菜パンを買い求めにやってくる運動部も多いのだ。
本日も弁当とは別におにぎりやらなんやらを持ってきていた二口は、憎たらしい笑みで心底嫌そうな友人を見送った。
そしてそのまま人が減るのを待とうと人だかりの後ろでぼーっとしていると。
「あ」
見覚えのある姿に、声が漏れる。この男ばかりの中に突っ込むか突っ込むまいか、迷っているらしいその人物。隅っこの方からその小さな身体を滑り込ませる魂胆らしく、意を決したように肩を捻じ込まんとして。
その瞬間、二口の足は弾かれるように動き出していた。
「意外と強引なんですね、黒沢センパイ。」
『えっ…あ、二口くん!』
周りから彼女を守るように同じように身体を滑り込ませた二口。正確には捻じ込んでいる為、二口の後ろで誰かの痛いという声が響いている。二口は全く気にも留めていないが。
向かい合うような形になっている為自分の胸元辺りにある彼女の頭を見れば、突然空間ができたことに驚いたらしく目を丸くしていた。
混雑したその場でスペースがあるだけかなりすごいことだが、それでも距離は殆どゼロに近い。
「お昼っスか?」
『ううん、ちょっとプリン食べたくなってさあ。今日まだ少ない方だし、いけるかなって。二口くんも?』
「俺は飲み物買いに。」
プリンごときでこんな人混みに身を投じようとしていたのか。考え無しのその行動も、普段の二口なら馬鹿なのかくらい言っているだろう。
しかしながらそれに爽やかに笑って見せた二口は、押し寄せる人の圧に負けじと足に力を入れる。肩を張って莉子が潰れないように守りつつ、売店へ少しずつ歩を進めて。
「キツくないですか?」
『ううん、全然大丈夫。ごめんね二口くん、しんどいでしょ。』
「大丈夫っすよ。結構鍛えてるんで。」
『頼もしい!』
すぐ下にある莉子のつむじ。動くたびに香る彼女のシャンプーの匂いが二口の理性という名の壁を激しく叩く。胸元に当たる彼女の小さな細い肩を抱き締めたい衝動に駆られるもなんとか自我を保とうと上を向いて気合いを入れて。
果てしなく男臭く息苦しい環境だが、これはこれで役得だなと爽やかな笑みを崩さず考えた。
「プリンですよね?普通の?」
『あ、うん。ごめんめっちゃ助かる…!』
「特技なんで気にしないでください。」
至福の時間を噛み締めながら進み、二口がその長い腕を伸ばして売店のスタッフにお金を渡せば、お茶とプリンが無事に手に入り今度は2人でゆっくりと人だかりを抜けて。
離れていくシャンプーの香りと温もりを名残り惜しく思いながら、二口は目の前でほっと息を吐く莉子にプリンを差し出した。
『マジでほんとにありがとう…!』
「いいっすよ全然。」
『お金払うね。120円だっけ?』
「いいのに…。」
『ダメダメ!お金はダメ!』
「あ、じゃあ今度飯一緒に食いましょ。それでチャラってことで。」
『えーそんなのでいいの?プリンで返そうか?』
「黒沢センパイと飯食える方が嬉しい。」
『もう二口くんは!口がうまい!』
まじまじと真っ正面から彼女の顔を見るのはこれが2度目だ。数日前に会って以来。改めて見る彼女は認識していたよりも小さく見え、二口はスカートから覗くスラッとした脚を脳裏に焼きつけた。
「じゃあそれで交渉成立ってことで。」
『まあ、二口くんがいいなら。じゃあプリンありがとう!』
「うっす」
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