『ショッピングとか意外だね。二口くん女の子の買い物嫌いそうなのに。』
「…」
『あ、ごめん間違ってた?』
「黒沢センパイなら一緒に選びたいっスよ」
『てことは当たりなんだね。』
余裕そうに笑う莉子が二口の心臓を掴む。なんて事のない会話に聞こえるが、莉子にしては少し本性が出たようにも見えて。温厚なように見える彼女の、意地の悪い部分。勿論二口にとってはそんな一面すら嬉しく感じてしまう。
先程見た元恋人の視線の意味もまた、二口の気分を良くさせていた。
「黒沢センパイ」
『うん?どうしたの二口くん』
「手繋ぎたいっス。」
『……っはは、それ言っちゃうタイプなんだ。』
「これは意外でした?」
『うん。二口くんは勝手に繋ぎそう。』
二口の言葉は、笑った莉子によって冗談と化す。進展すればラッキー。そんなくらいの気持ちだっただけに、やはりそうか、なんて二口は内心自嘲気味に笑う。いくら隣に立てると言っても、自分はまだ親しくなり始めたばかりの後輩なのだから。
無論引く気も無いが、嫌われるようなことはしたくない。
「繋いでいいんスか?」
『口説くの上手だね。』
「肝心な誰かさんはまんまと口説かれてくれないっスけどね。」
『その人手強いなあ。』
ゆるりと口元を弛めたその表情は、一体何を考えているのか。素直で温厚そうな莉子はどうにも気持ちを隠すのが上手い。
二口の挑発的な笑みにさえ余裕そうな顔をする莉子。揺れていたあの時の彼女とは、記憶の中ですら重ならない。これこそが、二口のよく見る莉子の姿。
その余裕な表情を、別の意味で崩してみたいと思った。
「…莉子さん」
『えっ、』
「手始めに名前からいきますね。」
『……紳士な二口くんは』
「紳士だから、スキンシップよりも先に名前からなんですよ。」
何度も呼びたかった名前。口から漏れるそれは初めてとは思えないほど自然で、耳によく馴染む気さえする。さも呼び慣れているかのような二口に、莉子の余裕だった表情が驚きに染まる。
そして少しだけ照れたように笑った後、その形の良い唇を薄く開いた。
『……堅治くん。』
まるで媚薬のような、自分の名前ではないような。そんな甘く聞こえる声が二口の耳を襲う。
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