ボールの音が響く体育館。シューズのスキール音がいくつも重なり、それに加えて声が聞こえる。
現在、男子バレーボール部は練習真っ最中だ。
しばらくサーブ練習が続けば、笛の音が休憩を知らせた。
「鎌先さァーん!お客さんっス!」
「お?俺?」
そしてその直後。タオルで汗を拭く鎌先が、入り口からの後輩の声に顔を上げて。一体誰だろうか。
見学客も知り合いも来ることもなければ特に誘ってもいない。そう思いながら、鎌先が入り口へ歩いて行く。
部活中に部員が呼ばれることは別に珍しくとも何ともない為、近くにいた二口や茂庭は反応を示すことなくドリンクを胃に流し込んだ。
『鎌先ごめんねー部活中に!』
「おー、別に大丈夫だって!」
しかしながら予想だにしないソプラノが響いたことに、体育館に居た全員が鎌先が向かっていた方向へと顔を向けた。文字通り、首ごと勢いよく。
グリンと、一気に鎌先が視界に入る彼ら。ただ鎌先が目的では無い為その背中から覗く影に目を凝らす。
「女…?」
「女っすか」
「鎌先さんの彼女?」
「いやそれは絶対無い。」
「あ、あれ鎌先と同じクラスの黒沢だよ。」
「「「黒沢さん…」」」
なんせここは工業高校。女子の比率が圧倒的に少ない為、マネージャーが居ることすら奇跡に近い。そんなところにわざわざ鎌先に会いに来た女子となると注目を浴びるのも無理はない。
何やら楽しげな声が聞こえる為、二口が息を殺して入り口に近付く。ゆっくりと忍び寄るその姿はまるで泥棒。
会話の内容が聞こえるくらいの距離でいよいよその女の顔が拝見できると二口が様子を窺うように覗いた時だった。
『…あ、』
「お?なんだ二口」
『じゃあ私帰るね。邪魔してごめん。』
二口の存在に気付いたその女が声を洩らす。続けて鎌先が振り返れば、女は少しだけ居心地が悪そうに笑う。部活中に来たことに申し訳なさを感じているのだろう。
捲し立てるように早口で帰宅の言葉を口にすると、女は鎌先とその後ろの二口に向けてひらりと手を振った。
『部活、頑張ってね。』
ふわっとスカートを翻し、去っていく女。じゃあなーと同じく手を振った鎌先は、その背中が少し小さくなると身体を反転させ二口に向き直るような形になる。
「?」
「あれ、誰っすか」
「黒沢莉子。俺と同じクラスのヤツ。」
「鎌先さん、ナイスです。」
「は?」
ぼーっとした二口が鎌先に問うた。彼の視線は先程まで女が居た場所に固定されている。ただ聞かれたことを答える鎌先だったが、二口の謎の褒めに深めに首を傾げた。
[back]