「ねー聞いたっ?サッカー部の長谷部先輩彼女と別れたんだってー!」

「マジ!?美奈よかったじゃん!」

「引退したばっかなのにね〜」

「でもチャンスじゃない!?」





朝からそんな話題が廊下で飛び交う。甲高い女子特有の声が、男子ばかりの中ではよく響いて。もちろん、二口にもその噂は届いていた。

すぐに彼女の元に向かい、噂の真偽を問うのは簡単だった。しかしがっつくのは良くない。"彼女の中の"二口は紳士で優しいのだから。

その噂を聞く度にほくそ笑んでしまう二口は、友人達から妬みの目を向けられていた。





「いやぁ〜っ良い感じにキテるわっ」

「振られろ。」

「自信喪失しろ。」

「挫けろ。」

「何言われても全然気になんねー」





すこぶる機嫌が良い。あの時の莉子の表情には流石に胸が痛んだが、二口の描いていた通りに事が進んでいる。これを喜ばずにいられるか。

ただ噂は噂だ。様子を見て彼女にそれとなく聞き、改めて連絡先を聞こう。

これからのことに想像を膨らませていると、騒がしかったそこがより一層騒がしくなる。





「何?どうした?」

「…………二口」

「は?」

「先輩がお呼びだ。お前だけは許さん。」





今年1番ではないだろうか、こんなに大勢に睨まれたのは。クラスメイト達の鋭い視線に二口が首を傾げると、教室の入口から少しだけ顔を出したのは噂の渦中に居る人物だった。

ひらりと手を振り、注目を浴びていることを気にする素振りも見せない。きっと内心では居心地悪く感じているだろうが。

椅子に深く座っていた二口が、少し呆然としながら立ち上がって歩み寄る。





『ごめんね二口くん!今ちょっといい?』

「大丈夫っス。移動しましょっか。」

『うん。』





色んな感情を含んだ視線を受けながら、二口は莉子ににっこり微笑んだ。優しげなその笑みに廊下を通った二口の知人が二度見してしまうほど、普段はしない表情で。そのまま歩き出した莉子の背中を追う。去り際に、教室からこちらを見ている友人達に勝ち誇った顔を向けることは忘れずに。

2年棟の最上階に移動した2人は、比較的人の少ない踊り場で向かい合う。莉子が壁に背を預けると、二口は階段に腰掛けた。





「なんかあったんスか?」





なるべく、期待を悟られぬように。いつも通りの平然とした声色で言葉を紡ぐ。頬杖をついて莉子を見上げると、莉子は少しだけ眉を下げた。

この雰囲気はきっと、そういうことだ。





『慎と別れた。』

「…そうなんスね。」

『そうなの。愚痴聞いてもらったから一応報告したいなって。ありがとね、めっちゃスッキリした!』





吹っ切れたようなその笑顔に、二口は自然と口元が緩む。予想と期待は、どうやら裏切らないでくれたらしい。あの時見た憂いを帯びた目が弓形に弛んでいる。

二口は安堵から少し息を吐くと、続けて口を開いた。





「じゃあ、遠慮しないっスよ。」





頬杖をついたまま、莉子を見上げて笑う。きっと今まで莉子に向けたことのない、素の二口が混じったしたり顔。一瞬驚いたように目を開いた彼女は、やだなあ、と言って笑った。

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