それは少しの行き違いから始まったように思います。誰が悪いとか、そういうものではなく、言うなれば間が悪かったのだと。


 如月愛音というアイドルがいます。私と寿くんの、早乙女学園時代からの親友です。愛音は私のパートナーでした。私は愛音を、愛音は私を、それぞれが引き立たせ合って音楽を作り上げることを心がけていました。良いものをより良く、相手のために。私たちはとても上手く行っていました。

 私たちの音楽は、努力に見あっただけの評価をいただくことができ、卒業オーディションに合格すること、その後の事務所への所属もスムーズにできました。それからは別々の仕事の方が多くて、ですが親交はきちんと続いていました。

 私と愛音と寿くんと、藍も知っていますね?俳優をしながらプロデューサーもこなす片桐響くん。彼は寿くんのパートナーでした。片桐くんも含めて私たち4人は早乙女学生時代から続く親友の間柄でした。困ったら相談して、喜びは分かち合って。そんなありふれた青春の時を共に過ごして、仕事の場でも仲間として互いに助け合って……いたのですが。


「それぞれ、自分のことで手一杯になってしまったんです。仕事が忙しい
というのはありがたいことです。ですが…私たちは、私は、まだ未熟で。周りに目を向けられなかった」


 愛音は少しだけ、心の弱い人でした。感受性がとても豊かで、表現力に満ち溢れた愛音の歌は、多くの人を魅了しました。物事を素直に感じ取り、受け止める。それは愛音を助けると同時に、首を絞めました。

 感情は、素晴らしくて素敵で、愛に満ちたものだけではありません。憎しみや怒りといった負の感情も沢山あり、それらは大抵の場合とても強いエネルギーを持ちます。時に人を傷つけます。時に人を殺します。愛音は、純粋に受け止めてしまった負の感情に、耐え切れなかった。苦痛で苦痛で、気に病んで、………


「…先生?」

「なまえ、大丈夫?」

「…大丈夫ですよ」


 思いつめた愛音は、姿を消しました。

 最初に知ったのは私でした。曲の打ち合わせをする予定でしたので、愛音の部屋を訪れました。そうしたら愛音がいなくて、電話も繋がらず、私は親友二人に急いで連絡をしました。


「恐らく、愛音が姿を消す直前。愛音は最後に寿くんに電話をしていました。同じアイドルだからでしょうか、パートナーだった私ではなく、寿くんを頼ったのです。そのころ寿くんはオーディションを控えており、愛音のことまで気にかける余裕はなく、結局その電話を取ることはできませんでした。愛音はそのまま、失踪してしまったんです」


 私は必死に愛音を探しました。博士は愛音の叔父で、私は博士と一度、会ったことがありました。博士を思い出して、ここに辿り着いたのです。

 愛音は心を閉ざし、全てを拒むように眠っていました。博士も私も、出来うる限りの可能性を試しました。私の作った歌を聴かせた時、僅かに反応を見せましたが、それだけ。愛音は眠ったままです。私たちは一縷の望みをかけてあることを決断しました。


「それが藍、あなたです」


 愛音を目覚めさせる、そのために藍は生まれました。あなたは私たちの希望でした。藍の見たこと、聞いたこと、感じたこと。すべて愛音の意識とリンクさせました。何かが愛音を目覚めさせるきっかけになるんじゃないか。私たちはそう信じて藍を育ててきました。

 私たちは愛音のために藍を生むと決めた時、同時に藍を、一人の人間として大事に育てることも決めました。いつか藍が愛音のことを知った時、傷つくことのないように。私たちの勝手で生まれてくるのですから、尚の事、大切に慈しんで愛を持って育てようと決めました。教えることすべてを吸収してすくすくと育つ藍は、とても可愛かった。


「私たちは…藍を育てました。それは決して、愛音のためだけではないのです。愛音と藍が、二人で笑い合える…そんな未来を求めて、私たちは藍を育てました」



 なまえの告白は、ぼくが想像したこともないような、実に衝撃的なものだった。

 美風藍に愛音となんらかの関係があることは気付いていた。ぼくだけじゃない、他のテレビ関係者も、愛音のファンだった人も多分気付いてたと思う。二人は外見も声もそっくりで、見比べたって違いが分からないだろう。一緒のグループで活動するにあたって、愛音と呼ばないようにかつての愛音への愛称で美風藍を呼ぶことにした。

 活動を共にするようになって知ったこと。美風藍には愛音の面影は殆ど無かった。外見や声はそっくりだけど、仕草や選ぶ言葉は似ても似つかない。それどころか発声法や楽譜の書き込み、作詞の言葉の選び方…すべてになまえを感じた。悔しいけれど、なまえと愛音に子供ができたらこんな子なんだろうか、そう思った。美風藍はなまえと愛音を併せ持っていた。

 なまえはぼくたちのアイドルだった。可愛くて優しくてなんでもできて、ぼくたちはみんななまえのことを恋愛的な意味で好いていた。なまえが大好きだった。同じクラスでパートナーでもある愛音が常に一歩リードしてたけど、なまえは愛音のことを弟のように思っていたし、ぼくたちは親友っていう関係が心地よかったから、誰も踏み込むことはしなかった。世間に揉まれて大人になった今では、それがとても尊いことだと感じる。

 愛音の失踪があって程なくして、なまえも行方をくらました。愛音と違ってなまえは理由を告げていなくなった。龍也先輩から聞いたのは、大切な人の不調も気にかけられないことに心がすり減りそうだということ、もう曲をかけるような気がしないということ。休止という名目で、けれど事実上の引退だと感じた。

 二人ともいなくなって、ぼくは最後に二人と会ったのはいつだっただろう、と思った。思い出す姿は学園にいたころの短い期間のもので、あの頃は毎日が楽しくて仕方なかった。今が充実してないわけじゃない。学生時代よりも密度は濃いと思う。けれど同時に、そのことで余裕がなくなっている。だからきっと…大切な人の不調も気にかけられない。

 他の事務所になまえと愛音を甘いと言う人がいた。プロならば何を犠牲にしても仕事をするべきだ、と。ぼくも程度は違えど概ねその通りだとは思う。そうでなくては消えてしまう世界だから。けれどそう言った人は、なまえの作った曲を歌う愛音を知らないのだろう。あれは奇跡だ。才能と才能が融和してできた最高の奇跡。だからそんなものがやすやすと生み出されるわけがない……そう言った評論家は誰だったか。

 天才には必ず何かが欠落している。その何かが致命的なものだとしても認められるのは、天才だからだ。むしろその欠落こそが、天才たり得る証なのではないか。だからこそシャイニーさんは表向きの無期限休止を発表して事務所に籍を置いていた。…ぼくの知らなかったことを、おそらく知っていたからだということもあるだろうけど。


「…なまえを責めるつもりはない。そんな資格ぼくにはない。でも相談して欲しかった。話して欲しかった。ぼくも響も、なまえと愛音が大切だから。でもそんな資格も、ぼくにはなかったね」


 それが今の全てだった。







あ、藍ちゃんは外見年齢10歳くらいまでは3ヶ月で1歳くらいのペースで育った設定です。どうせメンテナンス頻繁にやるんだから、みたいなノリでお願いします。その後は半年に1歳くらいで、メディア露出してからはちゃんと1年で1歳って感じで。あくまで外見年齢の話で、実際は生まれてから5年くらいなんじゃないかな。もうちょい前の話で言おうと思って忘れてました。
なんか藍ちゃんが空気でしたね。仕方ないか。次回はまた藍ちゃん視点に戻ったりするかもしれません。当初予定していたものと若干離れてしまったので着地点を見失いつつあります。お願いですので、最初から読み返すのはやめてください。矛盾点がわんさかあります。嶺二とくっつくかな…?

ここにちょっとこの話のこと書きました。読む必要はまったくないです。

140427