短・中編置場

novel

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イーグル22(2)



「ルートラ」
 合同課外授業を終えて屋内訓練施設に戻て来た複数の少年たちが行き交う廊下に、クリスの声が響き渡る。
 イーグルと個人管理番号を合わせたコードネームで呼ばれている少年たちは、誰一人足を止めようとはしない。呼ばれた当人であるイーグル22自身も。
「おい、ルートラ」
 絶対に振り返るもんか――ルートラというセンスの欠片もない名前を勝手につけられたイーグル22は、細やかな抵抗をする。
 他の少年たちは皆コードネームで呼ばれているのに、自分だけ違う名前で呼ばれるのは、なんだか恥ずかしくて嫌だった。
 しかも、クリスと名乗る担当教官は、他の担当教官とは毛色が違う人物だった。他の少年たちにつく担当教官たちは全員軍隊出身で、少佐の位に相応しい軍人風情だというのに、クリスは一見一般市民。聞いた噂によれば、転属前は防衛省技術研究部だったらしい。銃器等の開発・研究に携わっていたため知識は豊富で座学は得意だが、実技全般は完全に落第点。当然、他人に教えられる水準に達していない。戦闘訓練の授業は、他の担当教官の元に預けられる事が多々あり、時にはクリス自身も少年達に交じり実技訓練をする有様だった。
 そのような低級の担当教官に、自分は従わないといけないこと。イーグル22にとって、不満が込み上げてくるものだった。クリスは不遜な態度をとられても、他の教官のように体罰を与えて従わたりしないので、イーグル22は担当教官に対して生意気な言動をとる事が多かった。
「聞こえていないのか、ルートラ」
 他の教官たちなら銃床で頭を殴りつけるような態度をとられても、クリスは呼びかける行為をやめない。
 漸くイーグル22は立ち止まり、教官のいる方向へ向き直った。
「御呼びですか、クリス教官」
 クリスの態度に折れたわけではない。お前の担当教官は変わり者――自分の方を見てくる同期生の冷たい視線がそう言っているようで、イーグル22は居た堪れなくなったのだ。早くこの場から立ち去りたかった。
「ああ、これで本日の授業は終わったな。今から出掛けるぞ」
 ちょっとそこの商店に、と後に続きそうなくらい軽い口調でクリスは言った。
「分かりました」
 何処に、とは聞き返さなかった。担当教官に連れられて外に出るのは、任務に赴く事。
 任務とは、表立って軍を動かせないような軍事行動。早い話、暗殺である。十三区と呼ばれる施設に連れてこられて半年。とうとうその時がきたのだろう。随分前に覚悟はしていた。両親がいない住む家も居場所もない幼い自分が生きていくには、担当教官の命令に従って人を殺さなくてはいけない。人殺しの覚悟はそう難しくはなかった。既に実父を殺したのだから――。


 クリスに連れられてやってきたのは、ザルツという街だった。ゲーグル独立戦争前は農地が広がるだけの寒村であったが、戦後政府主導の元急速に開発が行われ数年で急発展した工業地域だ。
 格安の土地と海外向けの誘致政策によって多くの外資系企業がザルツに工場を建て、多くの外国人達がこの街に移住し働いている。移住者の殆どは、貧困国からの出稼ぎ者。それらの影響もあって、あまり治安は宜しくない。連日のように貧困層の間で殺傷事件や、富裕層を狙った誘拐事件が発生していた。
 街の中心を通る大通りからは外れた場所にある喫茶店に足を踏み入れた。
「食堂の飯はそろそろ厭きただろう。と言うか、俺が飽きてしまった。外出許可を取ってある、今夜は外で一緒に夕食をとろう」
 着席したクリスは、一覧表を先に手渡す。
 イーグル22は意図が分からず、記された文字を見詰めた。学校には通っていなかったため、文字は全く読めなかった。だが、クリスは座学の時参考書籍を用いる事が多く一切の配慮しなかったので、否応なしに少しだけ文字を読めるようになった。
「どれか読めた商品はあったか?」
「……ウェッジ」
「それは商品名の一部分だけだがまあ良しとする、注文しよう」
 クリスは給仕人に注文した。暫くしてテーブルに置かれたのは、大皿に盛られた櫛型に切られた芋の素揚げだった。
「もしかして、これだけ?」
「そうだ。文句あるなら自分で言って頼めばいい、勿論指差しは禁止な」
「……経費を沢山貰ってるくせに、ケチくさい」
「ケチで結構。そのお前に掛かる経費も、生活費も全て国民の税金だ、それを忘れるな」
 クリスは子ども相手でも容赦はなく、大人げも無かった。
 本当に良い所がない男だと、イーグル22はつくづく思う。せめて他の教官たちのように戦闘力や威圧感の一つでもあれば従わなくてはという気になれるのに、これでは尊敬の念も畏怖の念も抱きようがない。
 結局、他に読める商品名はなかったので、二人の晩餐は芋の揚げ物だけだった。そして、やはりクリスは非情な大人だった。食事こそは教え子と同じもので済ませたが、食後の珈琲を一人分だけ注文したのだ。
「なんだその目は。嗜好品が欲しかったら、稼がないとな。金は只で手に入らない」
「だから経費あるじゃん。それを出せよ」
「ほう、お前は何をした?」
「……」
「いいか、この世の中は全て等価交換だ。金を手に入れるには、見合った等価が必要だ」
「それが人殺しってこと?」



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