はぁ。わたしの口から重たい二酸化炭素が吐き出された。悩んだり妬いたりむかついたり、なんて恋愛って面倒臭いんだろう。この先の人生、わたしはこの男の為に一体あと何回溜め息を零すことになるのだろうか。ちょっと考えてみようかとも思ったけど、わたしの視界が銀色でいっぱいになったのでわたしの思考回路はそこで停止せざるを得なくなった。











「せんせーは今から重要資料に目を通さなきゃなんねーからオメェらはテキトーにこのプリントやっとけ〜」



チャイムが鳴ってしばらくしてから教室の前のドアが開いた。ガラガラという音が教室中に響き渡り騒がしかった教室は一瞬静かになるが、またすぐに騒がしくなった。しかし教室のあちこちで固まっていたクラスメート達は自分の席へとのそのそ散らばっていく。そんな輪の中には入らずに一番後ろの自分の席に座っていたわたしは、頬杖をつきながら開くドアをただただ見つめていた。開いたドアの隙間から薄汚れた白衣や大きくて角ばった手が見えただけでわたしの心臓はきゅうっと縮こまる。たったそれだけのことなのに、きゅんとしてしまう自分の心臓は一体いつからこんなバカになってしまったのだろうか。はぁ。溜め息も出るって話だ。束になったプリントとジャンプを片手に持ち怠そうに教室に入ってきた先生はうるさい生徒達のことはまったく気にする様子もなく、これまた怠そうに先程の台詞を吐いた。重要な資料とは恐らくジャンプのことだろう。ああ、なんて最低最悪な先生なんだ。前々から思ってはいたがこんなんでよく教師になれたもんだなぁ。束になったプリントを数枚ずつ取り列毎に配る先生を見ながらそう思った。



「せんせー、ジャンプは重要資料にならないと思いまーす」

「多串くん、ジャンプは少年心を学ぶ為の重要な資料です。つまり先生はジャンプという重要資料からみんなの為に少年心を学ぼうとしてるのです。言ってる意味わかるかァ?多串くん」

「せんせー、俺マガジン派なんでわからないっス」

「テメ!マガジンなんて邪道だコラァァァア!ジャンプを読めワンピース学園読めェェェェエエ!」



なんだか少しズレた抗議をする土方くんとジャンプ派マガジン派で張り合う先生にまたも溜め息が漏れた。そんな先生達から目を離しシャーペンを握る。そのまま手元に回ってきたプリントに目を通した。そして愕然。プリントには漢字の問題がわんさか載っていたが、勿論あのダメ教師が一から問題を作るはずがない。どうやらわたしの読みは当たったらしくプリントは教科書か何かのコピーのようだった。プリントの隅には小さく158と恐らくページであろう数字が刻まれている。しかしわたしが愕然としたポイントはここではない。問題があまりにも難しすぎるのだ。これは明らかに高校生の解けるレベルではない。あんにゃろう確信犯か。意地でもこの授業時間をジャンプ読破に使う気だ。前の方の席で既にプリントの問題を解き始めてる山崎くんや新八くんの手は早くも止まっていて頭を悩ませていた。そんな姿をみたらますますやる気なんてなくなる。けどプリントやらないで後々文句つけられるのも嫌だしなぁ。うーん、どうしよう。………………………………………………よし、仕方ないやるとしよう。シャーペンを握り直しイスに座り直し気合いを入れ直す。ちらりと前方を盗み見ると先生は早くも目をキラキラさせながらジャンプを読んでいた。その無駄に真面目な顔がかっこよくてわたしの頬は自然と緩んだ。



「銀さ〜ん、わたしこの問題がわかんないの。放課後の個人レッスンで手取り足取り教えて欲しいな〜」

「銀ちゃん!問題難し過ぎるネ!ちゃんと問題作れヨこのダメ教師!」

「だあああうるせェんだよお前ら!全然集中できねーよ!」



右腕に抱き着くさっちゃん左腕を引っ張るに神楽。直後わたしの目に飛び込んできた先生の様子だ。しつこく話し掛ける二人に嫌そうに文句をつけながらも先生はなんだかんだでジャンプを教卓に置き二人と向き合った。そんな先生を見てわたしの頬は急降下。ついでにやる気も急降下。やってられっかコノヤロウ!乱暴にシャーペンを筆箱の中に突っ込み机の上に突っ伏した。プリント?そんなもの知らん!今の先生の行動は教師としては正しいものなんだろうけど、わたしからしたら気分のいいものではなかった。自分の好きな男が他の女と楽しそうにしてるのを見て喜ぶ女はそうそういないんじゃないかと思う。しかも先生は絶対さっちゃんや神楽よりジャンプを取るだろうと過信してたわたしは、そのまさかの行動になんだかかなり虚しい気持ちになった。虚しさでいっぱいだ。元々はわたしこんな面倒臭い性格じゃなかったはずなのになぁ。遠い昔の自分と今の自分を重ねて比べてみる。やっぱりわたしはこんなに嫉妬深くて小さな人間じゃなかったはずだ。先生を好きになって初めてこんなに嫉妬深い自分を知った。心のちっぽけな自分を知った。どんどん惨めで醜くなっていく自分が嫌だった。はぁ。また溜め息。なんでこんな厄介な人好きになっちゃったんだろう、わたしは。少し遠くから聞こえる先生とさっちゃんと神楽の楽しげな声に心臓はキリキリと痛んだ。



「いだっ!」



ベチン!心臓が痛いとか言ってたら背中に激痛。反射的に体を起こすと隣の席の沖田が無表情でわたしを見ていた。恐らく、ってか間違いなく今の背中の激痛はこいつの仕業だ。んだよチクショウどいつもこいつも!



「なに?」

「プリント難しいからバカなアンタと一緒にやってやろうと思って」

「え、沖田がプリントやんなんて珍しい」

「お前こそ国語の授業で寝るなんて珍しいじゃないですかィ」



ドキリ。一瞬心臓が跳ねた。誰にも言ってないはずなのに、どうやら沖田にはわたしの気持ちがバレているみたいだ。しまった!やってしまった!とか本来ならここでそう思うんだろうけど、単細胞なわたしは頭に血が上ってしまっていてそんなことは既にどうでもよくなっていた。



「どーでもいーよもう」



否定も肯定もせずそう答えると、ふーんと沖田は無表情のまま呟いた。一体何がどうでもいいんだか。沖田にバレていたことが?このやたら難しいプリントが?むちゃくちゃな国語の授業が?あの脳みそ花畑のアホ教師が?自分で言っておきながら該当項目が多過ぎてわからない。ちらり。こっそり前を盗み見ると先生はまださっちゃんや神楽とワイワイキャッキャしていた。ズキン。心臓が痛い。さっちゃんはしょうがないにしろ、神楽にまで嫉妬している自分は本当にしょうもない。果たして先生はわたしがこんなにも胸を痛めてることを知ってるのだろうか。きっと知らないんだろうなぁ。なんだか悔しいなぁ。こんなところでグチグチ言ってないで仕返しの一つでもしてやりたいもんだ。………………ん?仕返し?ああそうだ、この手があった。



「ねー沖田」

「なんでィ」

「やっぱり一緒に問題解いてよ」



ニコリ。わたしが笑いそう言うと、沖田は一瞬頭にハテナマークを浮かべていた。けれどわたしの頭の中を読み取ったのか、沖田は「お安いご用でィ」とニヤリ笑った。直ぐさまギギギと煩い音を教室中に響かせながら沖田は自分の机を引っ張り、わたしの机の隣にピタリとくっつけた。近付いた沖田がわたしの耳元で「これでいいんだろィ?」と囁く。さすが沖田。よくわかってる。わたしは満面の笑みで頷き返した。



女の嫉妬はめんどくさいの










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