今日も空が青いから
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そうして数年後。
今日はクイーンが珍しく居ないため、トルバドゥールに居るのはなまえとジョーカーとRDだけだった。
ジョーカーはキャビンのソファーに座り、読書中。
なまえはキッチンでクッキーを作っているらしく、時々鼻歌が聞こえてくる。
何かひっくり返すんじゃないかと微妙に不安なジョーカーに、RDのマニピュレーターが、紅茶を差し入れる。
「あぁ、ありがとうRD」
[いえ、クイーンが居ないとこういう作業がスムーズに出来て楽です]
「そうだね。なまえの様子は大丈夫?」
[今の所、何かしでかしそうな気配は無いですね]
「ならいいけど」
なまえのドジ加減は、ジョーカーもRDも承知だった。目を離せばケガするし、この間のクッキーは砂糖と塩を間違えた。
特にジョーカーは、小さい頃から見てきたのだから。
そんなことを二人(?)で話していると、どうやらクッキーは完成したらしい。
「お待たせ!」
パタパタと笑顔でクッキーの入ったお皿を持ってくるなまえ。
彼女はそれをソファーの前のテーブルに置き、ジョーカーに向けてキラキラした視線を送った。
「砂糖と塩、間違えてませんよね?」
「前のことは蒸し返さないでよー!」
なまえは、今回は大丈夫!と親指を突き立てる。
自信に満ちたその顔に、ジョーカーは彼女を信じることにした。
「いただきます」
「どうぞ!」
ジョーカーは本を閉じると、クッキーを一つ指でつまんだ。
そのまま口に運ばれるクッキーから、なまえは一秒たりとも目を離さない。
「…………そんなに見られると食べづらいです」
クッキーを飲み込み、呆れたように言うジョーカー。
そんなことはお構いなしに、なまえはジョーカーに問いかける。
「どう!?」
「美味しいですよ」
「やった!」
途端に笑顔になるなまえ。
またまた、RDのマニピュレーターが紅茶を差し入れた。
「ありがとー、RD」
[いえ、良かったですね]
「良かった!」
RDの人工眼に向けて、満面の笑みを見せるなまえ。
それを見たジョーカーはあることをふと思い、なまえに問いかけた。
「なまえ、」
「んー?」
紅茶をすすりながら、なまえが答える。
彼女は紅茶の入ったカップを口から離すと、自分でもクッキーをひとつつまんだ。
「いや、大したことじゃないんですけど」
「何?」
言っていいのか迷っているジョーカーに、なまえもRDも注目する。
二人の視線に耐えきれず、ジョーカーは口を開いた。
「……どうしていつも笑顔なんですか?」
「……」
「無理してませんか……?」
その問いかけに、なまえは少し困ったような表情を見せた。
でも、すぐにまた笑顔をつくる。そして、今度は逆にジョーカーに問いかけた。
「どうしてジョーカーは、敬語になっちゃったんですか?」
「……」
黙り込むジョーカー。
RDはその言葉を聞き、ジョーカーは昔は敬語じゃなかったのだと知った。
二人で向かい合って黙り込む異様な雰囲気。
ついさっきまで、楽しいティータイムだったとは思えない。
世界一の人工知能は、どうすればいいのか考えた。
――分からない。
わずか一秒にも満たない時間で出された答えに、RDはない頭を抱える(物理)。
その時、なまえが笑って口を開いた。
「ジョーカーが答えないなら答えないー!」
ジョーカーも何も言い返せないのか、諦めてクッキーをもう一つ口に運んだ。
それを見て、なまえが満足げに微笑む。
RDは思う。
――人間とは難しい生き物だ。
ジョーカーは、読書を再開。RDは、紅茶のおかわりをカップに注いだ。
なまえは暇になったようで、キャビンを見回す。
そして、何か見つけたのかぱっと目を輝かせた。
「ほらほらほら、ジョーカーってば、そんな読書ばっかりしてないで! 外見て外!」
「……何ですか」
突然そんなことを言われ、ジョーカーは呆れたような表情をつくった。
全く気にせずに、ジョーカーをキャビンの窓の前に引っ張っていくなまえ。
「見て、すっごい綺麗!」
キャビンの窓から外を覗けば、真っ青な空と海が見えた。
確かに、太陽の光が水面に反射して、綺麗だった。水平線を見れば、空と海の色の違いがよく分かる。
「今日も空が青いね」
「そうですね」
「ほら、ジョーカーの瞳の色とおんなじ!」
外の景色を見つめるなまえの笑顔。
それを見て、ジョーカーは何となく愛おしいような、優しい気持ちに襲われるのだった。
今日も空が青いから。
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