※中学生のお話です





数ヵ月前、私は小学校を卒業してまた一年生に逆戻りした。中学生になると制服を着ることになる。最初はなんだかワクワクしたし着るのが楽しみだったけれど、だんだんセーラー服の裾がうっとおしくなる。暑くなってきたし。男子のほうが長ズボンで暑いのかもしれないが。
それはさておき、私の中で気になっていることがある。恋愛的な意味ではない。私の席は窓際から二番目の一番後ろなのだけど、左隣の彼について、だ。

セーラー服の裾を弄びながら、眠りこけている彼を盗み見る。名前は夢水清志郎、くん。授業中でも構わず眠りこけているし、欠席も少なくない為、恐らく成績は絶望的だと私は推察している。ちなみに夢水くんは教室のお花に水をやる係に任命されているが、ほとんどこなせていない。

そして隣の席の私は、夢水くんのお世話係に実質なりかけている。最初に若干緊張しながら話しかけていたときは、私は名前すら覚えられていなかった。というか、三回目程でようやく覚えてもらえた。

(暑そう……)

この間まで快適だった陽当たり良好の窓際は、今となっては誰も近寄らない。だって夏だもの。暑いもの。黒い服って光吸収するんだよね、と彼の学ランを眺めながら考える。腕に顔をうずめて寝ると黒髪しか見えなくなり、パッと見、ただの得体のしれない黒い物体だ。

「なまえ! 次移動教室だよー!」
「え、あ、そうだっけ」

友達が急かすように手招きしていた。次は理科だった。先に行ってていいよ、と返してから机から教科書類と筆箱を取り出す。さて、夢水くんを起こさねば。

「夢水くん! 起ーきーてー!」

彼は恐ろしく寝起きが悪い。変ないびきをかきながら、今も起きない。濡らしたティッシュ顔に乗せてやろうか。

「おーい、夢水くーん!」
「…………」
「…………」
「…………」
「……もうすぐ給食だよ」

さっきまでの大声から声のトーンを一気に落として、小声で言う。その瞬間、彼は目を開いて上体を跳ね起こした。大分慣れた反応とはいえ、思わず一歩後ずさる。

「おはよう、夢水くん」
「おはよう……」
「次、移動教室だよ」
「……あれ、給食は?」
「あと一時間くらいかな」

もうすぐっていうのは、人によって差があるものである。嘘は言ってないよ嘘は。
あっという間に瞳を絶望の色に染めた夢水くんは、文句を言い出した。あ、髪の毛寝癖ついてる。いつものことだけど。

「一時間はもうすぐとは言わないんじゃないかい、なまえちゃん?」
「人によってはもうすぐになるんだよー」

中学に入ると大体の男子は女子を名字か名前で呼び捨てするけれど、夢水くんは珍しくちゃん付けだ。と言っても、他の女子に対してはどうなのかは知らない。私も下の名前で呼ぼうかと考えたが、名字の方がどう考えても呼びやすかった。アダ名という手も考えてみたけど、イマイチ思い付かなかった。ううむ。

不貞腐れた顔をする彼に笑って、次理科だから行こうと声を掛ける。あぁ、と思い出したように呟いた夢水くんは机の中をゴソゴソ漁り出す。理科の教科書とノートが出てくるのを待っていると。

「……」
「……」
「……ないの?」
「……うん」

おかしいなぁと言って首を捻る夢水くんに、思わずため息が出る。だいたい、その机の中は学習道具より本の割合が多いことは知っている。寝るか、食べるか、本を読むか。夢水くんの中で暇なときはその三択のみなのだと思う。

「いいよ、教科書見せてあげる」
「いーつもすまないねぇ」
「いくつだアンタは」

どうせ理科室でも席順は変わらないしね。間延びした声を聞きながら、時計に目をやる。……えーっと……あれ、授業って何分からだっけ。

「……ちょ、夢水くん早く! 遅刻だよやばい!」
「ん?」
「は・や・く立って!」

夢水くんの手をひっ掴むと、教科書達を抱え直して教室から慌てて廊下に出る。理科室は別校舎だ。それに加えてただいまこの階の渡り廊下が工事中やらなんやらで、一階まで降りてから別校舎の階段を上がらなければならない。
つまり非常に面倒くさい。生徒達はみんな文句を言っている。もちろん私も。

「あんまり急ぐとこけちゃうよ」
「誰のせいだと!」
「? 誰だろう」
「アンタだ!!」

ギャーギャーと騒ぎながら階段を駆け下りている途中で、絶望の音が鳴り出した。そう、チャイムだ。終わった。教室から授業開始の挨拶が聞こえてくる。

「あーあ……」
「一回の失敗くらい気にすることないよ」
「いや、だから誰のせいだと」

とぼけた顔をしている夢水くんに、梅雨の時期なみのじめじめした視線を送る。……まぁいいか。遅刻は決定したことだし、ゆっくり行こう。階段を降りきって、一階の渡り廊下を歩く。

「夢水くん、今度アイスおごってね……」
「え」
「今日の給食のゼリーでもいいよ」

そう言えば、彼は顔を全力で横に振って拒否した。分かってたけれども。
セーラー服の裾からパタパタと風を送る。少しはマシになるが、充分暑い。やっぱりゼリー欲しいなー、という圧力を彼に無言で送れば、少し迷った素振りを見せてから結局首を振られた。このやろ。

夢水くんが太陽を見上げて、眩しそうに目を細めて笑った。彼はどこかゆらゆらしている、陽炎みたいに。けれど、初めて話したとき真っ直ぐな目を持っていることを知った。私は夢水くんの目が好きだった。
静かな校舎と熱をもった渡り廊下の床から、夏のにおいがした。




150331
Title:瑠璃様より
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