御幸はキス魔だ。
ということを、付き合いだして初めて知った(まぁ、当然だけど)。
一日でもキスしなかった日は無いくらい。
さすがに、教室とかそういう人目に触れる場所じゃしないけど、二人きりになればキスの嵐だ。
唇は勿論、耳、瞼、首、肩、指先でもキスが落っこちてくる。
今だって、ほら。
「……御幸、いい加減にしてよ」
御幸が先輩と後輩を追い出したらしい寮の部屋。
その床で雑誌を読んでいるというのに、後ろから抱きしめられている私は、いつもの事ながら降ってくる唇の持ち主に文句を言う。
「んー」
「返事になってないよねそれ」
雑誌読みづらい。
後ろに思いっきり体重を押し付けてみても、全く動かないのはすごいと思うよ。
もっと雑誌を読みやすい体制はないかと、もぞもぞ動けば、耳たぶにまた唇が降ってきた。
特に何も言わずにいると、御幸が喋った。
「最近なまえちゃん、反応薄いー」
「反応?」
反応って何の。
というか、御幸の髪の毛が当たってくすぐったい。
少し茶色がかった柔らかい髪に、顔をうずめてみる。
「最初は『ひゃ』とか『ん』とか言ってたじゃん」
「体が慣れちゃったんじゃない?」
「何かやらしー」
「そういうこと言う御幸がやらしー」
語尾を真似て言い返せば、後ろで御幸がいつものように笑ったのが分かった。
「……そういえば、御幸って痕はつけないね?」
今まで、私の体に赤い印が付けられたことはない。
どうしてかは知らないけど、一応遠慮してくれてたんだろうか。
「付けて欲しい?」
「……」
付けて欲しいかと言われれば、微妙なところだ。
別に付けられるのが、嫌ってわけじゃないし。けど、御幸は何か変なとこにつけそう。
「……見えないとこなら、良いけど、」
「え、良いの?」
迷った末の私の返答に、意外と言わんばかりの声音が返ってきた。
「じゃあ遠慮無く」
「見えないとこにしてよ?」
「分かった分かった」
本当に分かっているのか問い掛ける前に、Tシャツを少しずらされて、肩の辺りに唇が着地。
そのまま強く吸われて、チクッとした痛みに思わず身じろぎする。
いつものキスとは違う感覚に、何だか顔が熱くなって顔を背けた。
「……お、バッチリ」
最後にぺろりとそこを舐めて、唇を離した御幸は恥ずかしげもなくそんなことを言った。
何も言わない私を不思議に思ったのか、顔を覗き込んでくる。
「はは、顔真っ赤」
「……見ないで」
「えー、俺にも付けて貰おうと思ったのに」
「無理……」
何でこう、この男はいつも平然としているんだろう。
余裕を無くした彼の顔を、未だに私は見たことが無い。私は多分、たくさんそういう顔を見せているのに、不公平だと思う。
「あ、なまえ初めてなんだ? キスマ」
「悪いですか」
「いや? 俺もだし」
その言葉に思わず顔を上げれば、御幸は付けてくれる気になった?と訊いてきた。
それはとりあえずどうでもいい。
「嘘でしょ」
「何が?」
「御幸が初めてって」
「え? 何で? 嘘じゃねーけど」
嘘だ。いや、だから何で。初めてでこんな余裕しゃくしゃくな男が、何処に居るっていうの。ここー。
自分の顔を指差す御幸。
「……むかつく」
いつでも余裕なその顔が。
そう言えば、御幸はニッと笑って、
「頑張って俺の余裕無くしてみたら?」
なんてことを言ってきたから、私からもキスマークを送ってやろうと思う。
140827
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