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クラムボンは、なぜわらったの? 2

「エラン様、頑張ってください」
『頑張ったら、死ぬんだけどな〜』
「じゃ、じゃあ、程ほどに。データ録れる程度で良いので。それと可能な限り、例の転校生たちとは距離を取ってくださいね」
『はいはい』


ランブルリング開催前になり、出場パイロットたちが集合し始めている。

今まではペイル寮からモビルスーツコンテナが出ていたから、こうして端末だけで見送るのは変な気持ちだ。

でも、地球寮にはスレッタ様が居るから、私が行ったら試合前に変な空気になりかねないと思って、通信だけに留めた。

ピッと通信が切れた瞬間、セセリア様の間延びした声の校内放送が響いた。



『こちら、決闘委員会。
ランブルリングに参加する生徒は――』



その声に、露店などに居た生徒たちが「モニター前行こうぜ!」と声を出して、一斉にザワザワと動き始める。

その人の波に揉まれて目を回していると、突然名前を呼ばれて人波から引っ張り出された。

フラフラしながら後ろを振り返ると、そこには深い紫色の髪と琥珀色の瞳があり、整った眉目の尊顔に見詰められて、恐れおののきながら身を固くする。


「大丈夫か?」
「サビーナ!貴女、出場パイロットじゃ…!?まだこんな所に居て、大丈夫ですか?」
「あぁ……少し、用事があってな。
君も、ランブルリングは観戦するのだろう?」
「はい、エラン様が出ますから」
「……そうか」


グラスレー寮パイロット科、サビーナのすらりとした痩躯に、カッチリしてるマントとロングブーツ。

少し物思いに思考を踊らせている涼しげな瞳は、やっぱり憧れの姿そのものだった。


「そうだな。視聴覚室なら、大画面で観戦出来ると思う」
「!ありがとう、サビーナ。応援してます」
「あぁ。では、また」


バサッとマントを翻してカツカツと歩いていく姿を、しばらく羨望の眼差しで見送ってから慌てて我に返り、視聴覚室がある棟を目指して歩き出す。

けれども、途中ですれ違った生徒が「視聴覚室、人多すぎだよなぁ」と会話していた声が聞こえ、向かうのは諦めて引き返した。


『仕方無いからタブレット観戦で良いか』とランブルリング会場近くの野外カフェで観戦することにした。


長蛇の列に並んでやっとお気に入りのカフェオレを注文して席を見つける頃には、モニターの先では登場パイロットたちへのエールで盛り上がりを見せた。


グラスレーやジェタークの応援団たちを横目に、誰にも聞こえないような小さな声でポツリと「エラン様、頑張って」と言葉を溢す。

多くの歓声に紛れながら声援を送り、滞りなく全てが始まったかのように見えた。




それが一変したのは、ラウダ様に所属不明の機体が襲い掛かってからだった。



周りの生徒たちも、乱戦の中に突然現れた機体に戸惑いを隠せない様子で、画面に釘付けになる。

でも、私はその所属不明機の写真を、見たことがある。


解像度は低かったけれど、それは間違いなくプラントクエタを襲ったテロ集団が使用していたというガンダムだった。

高出力のビーム攻撃が当たった戦術試験区域の壁が破壊され、プロジェクションマッピングにノイズが走る。

生徒のコックピットを狙い打った姿で、レギュレーションプログラムが組み込まれてない実戦仕様だとわかった瞬間、血の気が一気に失せた。



「っ…エラン様!」


生徒手帳の連絡先からエラン様の連絡先を引っ張り出す。

早く出て、早く出て!と焦りながらコールを鳴らす間にも、セセリア様の緊急事態宣言が響き、生徒がガンダムの犠牲になった。


モニター越しに激しく燃え上がっている機体を呆然と見つめていると、不機嫌そうな声で『何?』と待っていた声が聞こえた。


『僕、忙しいんだ、けど!』
「知ってます!エラン様、今すぐその場から退避してくださいッ!その所属不明機、例のプラントクエタのテロで使われてたモノ間違いありません!」
『……解ったけど、現状では無理。
適当にいなしておくから、君の方こそ避難すれば』
「なるべく直接対峙は避け、早めに退避してくださいね」
『わかった、わかったから。"婚約者"用の、建前の心配は要らないよ』


そんな風に毒づいて通信が切れる。


パニックになった群衆が逃げ惑い、一気に騒然とした空気になった。
人たちの悲鳴や叫び声の中、声をあげて避難誘導を行っていく。


「避難用通路はあちらです。皆さん、会場周辺から退避してください!前の人は押さないように!」
「きゃあっ!」
「大丈夫ですか!?手をっ」
「あ、ありがとっ」

学内をよく知ってる筈の生徒さえもパニックになっているのに、一般来場者たちでは余計に何処に行ったら良いのか分からないのだろう。
これで、怪我人が大勢出てしまっては、不味いことになる。

他にも呼び掛けを行っている生徒はいるけれど、こんな数の人を安全に避難させるのは困難だ。




「………すみません、エラン様」



ピッとタブレットを操作し、エラン様のアクセス権を利用して学内プログラムに侵入し、学園中のモニターや掲示板に〈避難経路と注意喚起文〉を優先表示させる。

ジジッとノイズが走って時刻板が〈注意喚起文〉に擦り代わり、ハロの合成音声を学内スピーカーで流して避難呼び掛けを行うと、逃げ惑っていた人の流れがスムーズに変わっていく。

避難を呼び掛けていた生徒たちもそれを確認し、自身も避難の為に動き出した。



「あと、他にも逃げ遅れてる人は」


戦術試験区域に繋がる壁へ視線を向けると、壁の窓を横切った生徒の姿を見つけ、タブレットを抱きながら壁の中に入る。


戦術試験区域の外壁内にも観戦席が一部あり、臨場感を楽しみたい人はそこを利用することがある。


戦術試験区域内は激しい戦闘行為が繰り返されているのか、壁越しに戦闘音が聞こえる。

紛いなりにも此処はベネリット本社フロントなのに、こんなに容易くテロ行為を起こせるなんておかしい。


それに、


「どうしてフロント管理社は、まだ来ないの?
大々的に放映されてるランブルリングでのトラブルに、気付いてないわけがないのに…」


(………もしかして、今回のテロは、フロント管理社までグル…?いや、そんな筈は)


ドォンッとひときわ大きく激しい震動に体勢を崩して膝をつくと、ガシャンッと音を立ててタブレットが落ち、床を滑っていった。


サイレン音が鳴り響いて背後で隔壁が勝手に閉まり、辺り一面が真っ暗になって非常灯に切り替わる。



「いったい、なにが…っ」

『戦術試験区域の外壁損傷により、当該区画は緊急モードに切り替わります。
節電の為、酸素供給以外の全システムを停止します』

「…ぁ、っ」


不味い。と思った瞬間、強制的にモードが切り替わったことで重力制限が無くなって体が浮き、髪の毛や衣服がふんわりと宙に靡いた。


(……タブレット、は、探してる時間無い…!)


壁の中は、ほぼまっすぐだから、落ち着いて進めば大丈夫。

壁づたいに真っ直ぐ進み、隔壁の近くにある非常開閉レバーを探して引っ張るも、体が浮いてしまって上手く回らない。
仕方なく、壁に両足を付けて踏ん張りながら回そうとすると、パーティーでエラン様を庇った時の左手と脇腹の傷痕に痛みが走る。



(ぃ、痛ぁぁッッ!)



とっくに完治して抜糸してるはずなのに、力を入れると引きつってズキズキと痛んだ。


「う、ぐぐ……っ」


奮闘しながら何個目かの隔壁を開けた時、通路で倒れてぐったりとしてる女子生徒を見つけ、肩を揺らす。


「大丈夫ですか!?」
「……うぅっ…」
「すみません、触りますよ」

頭をあまり動かさないようにしながら怪我の確認をしていく。


「どこか痛いところは?頭は打ってますか?」
「うぅ、ん……さっきの揺れで、足を、挫いて…打った、わき腹が痛…くてっ」
「分かりました。運んでる途中で具合が悪くなったら、すぐ言ってください」

彼女の体を優しく引き、そっと背中におぶる。
無重力のおかげで、今なら非力な私でも楽に運ぶことが出来ることだけは良かった。


こじ開けた隔壁をすり抜け、道を戻りながら最後の隔壁に辿り着く。

非常レバーを回そうと思って左手の指をレバーにかけた時、ぬるっとした濡れた感触がして首を傾げる。


「……なに?」

ポケットにあった生徒手帳のライトで照らしてレバーを見ると、そこには血の筋がついていた。

慌てて左手に視線を落とすと、左手にあった傷痕が裂けて血が滲んでいた。



「………ぁ、痛い」



さっきまで「人を助けないと」という一心でハイになっていた部分もあったけど、自分の血を見た瞬間、思い出したかのようにズキッとした痛みが手に走ってレバーを上手く掴めなくなった。


女子生徒を壁にもたれかけさせ、最後の隔壁の前にフラりと立つ。


なんとか右手で左手を包むように握り混んで回そうと、しばらくレバーと格闘する。
脂汗が全身に滲み、血で滑って余計に開けることは出来ず、傍にあった非常信号のボタンだけを押した。
異常を見つけたフロント管理社が来てくれると良いのだけど……。





「………暗い」



まるで真っ暗な宇宙に放り出されたみたい…。
節電の為に空調も止まったから、空気も冷えて寒くなってきた。

生徒手帳で辺りを照らして宙を漂流していたタブレットを見つけ出すも、さっき落としたせいで画面にヒビが入ってしまっていた。

割れた画面から本物のエラン様の連絡先を開くも、それ以上押すことが出来ずに爪の先でなぞってから画面を消す。



(……迷惑、だろうな)


本物のエラン様は多忙なのだから、いちいち連絡を受けたら迷惑に決まってる。

そもそも、すぐに駆けつけられるようなところにいつも居るとも限らないのだから。

それに学園には影武者エラン様が居る以上、本物の彼が来ることは出来ない。余計にエラン様の気を煩わせてしまうだけだろう。


………影武者のエラン様は、私からの連絡を鬱陶しいと思われるかも、しれないし。




「でも、準緊急の救護者が居るんだから、せめて彼女だけでも助けてもらわないと」


ギュッとタブレットを抱きながら生徒手帳を開き、フロント社への非常連絡ボタンを押してしばらく待つ。

何度も何度も掛けてるのに、なかなか繋がることはなく、数十回目のコール音で通話を諦めた。


タブレットを開いてこっそり本社フロント内部を覗き見すると、かなりの数の通報やフロント外からのクレーム対応にも追われているらしく、頭を抱えてその場に蹲る。


「……どうしよう……」


ぐったりしてる彼女の様子も見ながら、ため息をついた時、ブーッブーッとバイブ音がしてハッとして生徒手帳を取り出す。



〈エラン・ケレス〉


影武者の方の、エラン様だ。


「もしもし、エラン、さま」
『ねぇ、君は何処に居るの?』
「ええっと……それより、エラン様はご無事ですか?」
『あの程度にやられるワケないだろ。
地球寮の学生がテロ疑惑をかけられて、フロント管理会社に調書取られてる。
なんか僕だけは、端末を調べることもされず、地球寮の学生より早く解放されたんだよ』
「……良かった」
『ハア……てっきり待ってるかと思ったのに、何処にも居ないし。寮にでも居るの?』


疲れた声でそう漏らすエラン様に、内心冷や汗を流しながら「えーっと…」と声を絞り出す。


「……実は、避難誘導を行ってたら外壁を壊された影響で電気が止まって、戦術試験の壁内区画に閉じ込められてしまいました」
『ハアッ!?なんでもっと早く連絡して来ないんだ!』
「あんな騒動の後ですし、迷惑かけてしまうかと…。非常信号は押してあるので、きっとフロント管理会社が来てくれるとは思うんですけど……私の他にも怪我をした生徒が居て」
『信じられない……君、馬鹿だろ。
テロが起きたこの状況では、色んな情報が錯綜してすぐに救出なんて来るわけないだろ』



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