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クラムボンは、なぜわらったの?

「はあ……明後日までに提出かぁ……」



いつも通り、影武者のエラン様の身体検査と調整が終わるまで休憩室で待ちながら、タブレットで欠席した分の講義のレポート作成を進める。

経営戦略科だから経済に関する講義がメインになっているけれど、正直そこまで経済に興味が持てないから考察レポートを書くのも疲れる。


タブレットを端に押し退け、カウンター席のテーブルの上にへばりつくように伸びた。
後ろの方で休憩室の扉が開く音がしたけれど、それも構わずにそのまま突っ伏していると背中をトンっと軽く叩かれる。



「何へばってるんだ?」
「エラン様!」


顔を上げて慌てて姿勢を正すと、其処には間違いなく本物のエラン様が居た。

「どうして?」と素直な疑問を口にすると、「不穏な連絡寄越したろ」と不貞腐れた言葉を返される。


片手をポケットに入れたまま、きっちりと締めていたネクタイを緩めて首元を寛げ、私の隣のカウンター席に軽くもたれ掛かって長ーーいため息をつく。


「ちょうど、フロント本社に来てたんだ。
そしたら、ペイルの筆頭が”地球寮”とチームを組んでランブルリングに参加して、
その上に地球寮に出自不明の怪しいアーシアンの工作員の転入……トラブルばっかり寄せてくるよな。まったく、冗談じゃない」
「……申し訳ありません」
「お前のせいとは言ってないだろ」
「そうとしか聞こえないです」


言い方含めて、此方に非があるような声色の癖に。

影武者エラン様と不仲であるせいで管理が行き届いていないのは認めるけれど、いくら何でも私の負担も重いと思う。
ムッとしながら隣を見返すと、気まずそうにスイッと視線を反らされてしまう。

ジッと隣のエラン様を見つめると、誰も来ない静かな休憩室に無言の時間が流れる。



(……そう言えば、エラン様はいつも決闘の度に会いに来てくれてる)


文句を言いつつも、何だかんだ気に掛けてくれてはいるのだと思う。

私や今までの影武者のエラン様たちも。



”彼”の、事だって。





「……エラン様も忙しくて、常に暗殺などの危険と隣り合わせなのは、知っています。
2週間前のフロントのテロに、ジェタークCEOの忙殺、ベネリット含めて今の宇宙情勢は複雑です」


でも学園内部も荒れていて、寮生たちのカウンセリングや保護者たちの対応……ペイル寮長代理をして忙しいですし、強化人士の彼は好き勝手してるし。


「自分で言い出したくせに、言い訳だとは分かっています。でも、流石に手一杯、になってきていまして……授業のレポートも、終わらないですし。
成績は落とすわけにはいかないし。
正直、最近ちょっとキツいです」
「……」
「あまりキツい言い方をされると……流石の私でも、傷つきます」


言葉を選びながらポツポツと不満を口から溢すと、腕を組みながら此方を見てたエラン様が深いため息を付いた。


「…………悪かった」
「はい?」
「だぁから、悪かったって言ってるだろ………それで、レポートは何につまずいてるんだ?」
「例文の、A社の株が下落した場合の対策案を書かないといけないんですけど、いまいち最良策を見いだせなくて……」
「見せてみろ」


ホラ、と手を翳すエラン様に、呆然としながらタブレットを開いて、書きかけのレポートと補講の内容を見せる。
真剣な顔でジッと例文を読み込んでは、「良いか、まずこの例文時のA社の状態はな」と私でも解るように噛み砕いて説明してくれる。

絶妙な言い回しや説明の構成の仕方が上手いからなのか、スルスルと頭の中に入ってきて、絡まっていた糸が綺麗にほどけていくような心地好さまで感じた。


流石、ペイルの次期筆頭。

ペイルブレード内の能力評価の最高評価は、伊達では無い。


「成る程。じゃあ、これをこういう風に…」
「それが無難だろうな。レポートは書けそうか?」
「はい!解りやすくて、助かりました。ありがとうございます」
「お前さぁ、経営戦略科の癖に金の流れに興味無いの、もう少しどうにかしろよな。まあ、別に俺が把握してれば良いっちゃいいが……とにかく、余計な時間掛けないでサッサと書いて終わらせとけよ」


ふあぁ、とエラン様は大きく欠伸をしながら、眠そうに目尻を擦る。



「お疲れみたいですが、エラン様の方は大丈夫ですか?」
「問題ない。さっき課題を終わらせて、クラウドに送信しておいた」
「……課題……?」
「パイロット科の課題のことじゃないのか?」


何の事だろうか?と首を傾げていると、今度はエラン様の方が不快そうに大きく顔を歪める。



「……5号の奴な、アイツしれっと『僕は戦う専門だから、基本的に学業は専門外かな。まあ、君の成績がガタ落ちしても良いならいいよ?』
なーんて言い切りやがるから、俺がリモートで課題やら実技以外の試験を受ける羽目になってんだ。
本当、面倒ばっかり押し付けやがって」
「……」
「おかげで、こっちは普段の業務こなしながら、モビルスーツの細かい駆動部の名称まで調べることになってるんだ。
もう少し、アイツの手綱握っとけよ」
「わかりましたー」
「……」



(……成る程。自分の立場利用して、彼も上手く駆け引きしてるんだなぁ……)


今までの影武者は学業のことも「わかった」って無表情で一言で言ってこなしてきてたけど。
確かに、影武者といえども学業成績まで完璧に維持しておく文言は契約書に盛り込まれていなかった。

取り敢えず、パイロットとして実技試験や決闘に負けない事が最優先って形だった気がする。


エラン様をこういう形で振り回す人は初めてだ。


正直、ちょっとだけスカッとした。


(てか、そう思うと私も彼にうまいこと使われてるなー……まあ、良いけれど)


アハッ☆と脳内で茶目っ気のある笑顔で笑うエラン様(5号)が頭を過り、一瞬遠い目をしてしまう。



「俺はちょっと5号のトコ覗いて、もう行く」
「わかりましたー。ィッだァ!!?」
「知ってたか?お前がそういう返しをする時はな?全 然、解 っ て な い時なんだよ」
「…ひゃい…」


ごめんなひゃい。

両頬を思いっきり引っ張りながらつねられ、痛みを訴えながら何度か謝罪を漏らすと離して貰えた。


「まあ、いい。明日のランブルリング、負けるなよ」
「かしこまりました」

ヒリヒリとする頬を押さえていると、ポンッと軽く頭に手を置かれ、その反動を使ってエラン様は休憩室を出ていった。


「………よし、レポート頑張ろう」

誰も居ない休憩室で、自分を鼓舞するように独り言を漏らし、タブレットと向かい合った。














「…ふぁ、あ……やっと終わった」


身体調整をしたベルメリアの言葉に適当に生返事を返しながら廊下に出た瞬間、今の自分と鏡写しの顔が見え、「おや」と声が漏れた。


「終わったか?」
「終わったよ。まあ、単に生体検査メインだし、そんなに時間かかるモンでも無いしね」


強化ガラスで出来た壁に手を付き、自分と同じ顔をしてる〈エラン・ケレス〉を眺める。


「それで?本物様が、こんな所まで何の用かな?」
「慰問と、念のため”釘刺し”にな」
「フゥン?」

トンっと同じように強化ガラスに手を付いてその場に留まると、此方よりも鋭く整った顔と見つめ合う。

初対面の人間なら、瓜二つに見えるだろう。

けれど、ここ最近鏡の中の〈エラン・ケレス〉と対峙し慣れた自分にとって、「やっぱりちょっと顔の端々のパーツは本物の方が自然だなぁ」という的外れな感想が湧いていた。


「僕なんかやっちゃった?」
「選抜前の、お前の能力値も実力も申し分ないから、戦闘の方は問題ないだろう。
……けどな、あまりうちの馬鹿を振り回すのも大概にしておけよ」
「なんの事かなー?」
「しらばっくれるな。お前の行動報告は、別口からも受けてる。アイツはお前に遠慮してるのか、最近は内容を伏せて報告してきてるみたいだけれどな」
「なぁんだ、全部筒抜けなのか」

まあ、ペイルの重要機密の影武者の管理を、たった一人にだけ負わせてるわけないか。

べっと内心舌を出して毒づきながら、ヘラりとした笑顔を向ける。


「彼女、アンタから信頼寄せられてると思って頑張ってるのに、なんだか可哀想〜」
「ある程度のリスク分散はするだろ。影武者であることを公言して監視させてるわけでもないしな」
「あっそ。まあ、僕たちの役に立とうと頑張ってくれてるのは解るし、そこそこ可愛いし、次からは優しくしとくよ」


「もう良いかな?」と言うような視線を向けるも、肝心の本物様の方は何だか腑に落ちない顔をしていた。


「なにかな?」
「……別に。面と向かってあの方向音痴・脳筋バカを可愛いって云うのは、お前位だ」
「えー?そう?ちょっとノリで押し倒してみたけど、普通にイケそうではあったかな。
ただ、あまりにも冷静に流されちゃったから、萎えちゃ」


世間話のノリでサラリと口から出た後、『あ、ヤベ』と口に手を当てて、相手の顔色を伺う。


「………怒った?」
「別に」
「(怒ってんじゃーん)まあ、おふざけだったし、もうしないよ〜」

ヘラヘラとしながら、本物様の肩を組もうとすると本気で厭そうな顔で手を軽く払われる。

「まあ、今の僕はスレッタ・マーキュリー籠絡が第一優先だからさー。君の婚約者を誑かす予定は無いから安心してよ」
「ハッ、婚約者って言っても、便宜上な。
要らなくなれば、いつでも解消出来る点では、お前たちと一緒かもな」
「へぇー」


(照れ隠しかなー?それにしては、最低過ぎるケド)

ちょっと同情しちゃったよ。
まあ、一瞬だけね。

僕たちがあの子以上に、使い捨てのゴミである事実は変わんないんだし。


「僕らと一緒の扱いとか、可哀想〜。
彼女、まるで忠犬みたいだよね。色々考えて同じ場所でグルグル空回りしてたり、いつも必死そうなところは、見てて飽きないし、可愛いのに〜」
「……」
「でもね?あまり馬鹿にしてると、飼い犬も噛み付くから気を付けなよ」
「そりゃどうも」


フンッと人を馬鹿にしたように鼻で笑って去っていく背中に笑顔で軽く手を振りながら、内心イラついた感情をしまい込む。



「…ったく、これだからスペーシアンは」

ため息を吐きながら更衣室で制服に着替え、少し乱暴に壁を蹴って移動してはほぼ直線上にある休憩室を目指す。



(そう言えば、反対の向こう側は研究棟だったね)


しばらく行かなかったから忘れかけてたけど、昔は向こう側で過ごす時間の方が多かったっけ。

そう考えると、気紛れだとしても外に出して貰えた事には感謝するべきかもしれない。


「まあ、僕は僕で好きにやらせて貰うけどね」


そんな事を思いながら反発力に身を任せて浮遊してると、休憩室から突然出てきた人影に「あ!」と声が漏れる。


「ぁ、エラン様!」
「馬鹿!避けろッ」

さっき苛立ちに任せて勢いよく壁を蹴りすぎて思ったより速度が出てしまっていたらしい。
それに、人影に気を取られたせいで、手前の壁で止まろうとしたのに勢いを殺し切れなかった。


仕方なく、ぶつかった拍子にそのまま両腕で抱え込み、反動で軌道が変わったのを見計らって自分の背中を壁に向けて着地した。

壁にぶつかった反発で通路の真ん中まで弾かれ、ジンジンとした痛みで眉にしわが寄る。


「……いってぇ…」
「すみませんっ、私が急に出てきたからッ!」
「あーー………うん、怪我は無い?」
「ありません!」
「そ、良かった」


今さっきのアレで、怪我させました。ってなったら流石に洒落にならない。


(多分、まだフロントから出てないから、連絡ついたらすぐ引き返して来ちゃうし。本物が)

ホッと内心安堵の息を漏らしていると、腕の中でモゾッと彼女が動いた。

それでやっと、両腕でガッチリ捕まえてたことに気が付いて、慌ててパッと離す。


「ごめんごめん、つい」
「い、いえ。ありがとうございました」


フワッと長めの髪が無重力の中で拡がる。
タブレットを両手でしっかり抱え込んでる腕は細い。

アスティカシアの制服がユニセックスなデザインだから今まで気にならなかったけれど、さっき抱えていた体は、華奢なわりにスタイルはそこそこ良かった。

出るとこ出てるし。


「こんなこと言ったら、また怒られちゃうか」
「何が?」
「いや、コッチのハナシ」


アハハと笑って誤魔化しつつ、”彼”への当て付けに、嫌がる彼女の手を引いて一緒に学園まで帰った。



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