他 | ナノ
 
クラムボンは何処へ 3

「………」

さわさわと暖かな光と風が前髪を揺らす。
目蓋を持ち上げて白と淡い緑色を基調とした清潔感のある天井をぼんやりと見上げ、息を吐くと酸素マスクが白く曇った。

フロント内に併設されてる医療センターの、会社の重役や親族だけが使える特別ルームだ。
四肢を確認すると、右腕に点滴が刺さっていて変な感じがする事以外、痺れも動きづらさもないけど麻酔の影響なのか重たい。

パックリ裂けていた左手の平も、包帯がグルグル巻かれてる。

ふと、視線を巡らせた先で、緑髪が揺れた。


「"エラン様"……?」


声に気付いて、読んでいた本を閉じて振り返る。

白いタッセルが揺れたような気がしたけど、揺れたのは彼の横髪だったらしい。


「起きたか?」
「……エラン、様。すみません」
「いや、良い。寝てろ」


軽い足取りで近付いてくると、ベッドの端に腰を掛けて足を組む。
ちゃんと返事をしたいのに、酸素マスク越しのせいか変に声が籠る。

流石にエラン様の前だし。と思ってマスクを外し、ベッドのリモコンを探し当てて上半身だけでも少し起こすと、少し呆れた顔をされてしまった。


「医者が云うには、脇腹の傷痕は残るかもしれないが神経や内臓も問題ない。激しい運動をしなければ、日常生活も問題無く送れるそうだ。
良かったな」
「ご迷惑を御掛けしました…」
「今回の騒動の損害保障は、クレール社が責任持ってするそうだ。お前の入院や手術費も全額負担するとな」
「有り難いです」
「……まあ、それで、だ」

ポケットから取り出した私の生徒手帳を操作すると、目の前に突き出される。


「やっと新しい強化人士の5号の準備が出来たらしくてな、今度学園に送り込むことになった」
「一人で、ですか?」
「まさか。念のため、ベルメリアもバックアップに入る。
ついでに、例の株式会社ガンダムの技術協力もしてくるとか。退院したら、いつも通りサポートしろ」
「かしこまりました」
「俺は忙しいからもう行くが、代わりに社員を一人つけておく。何か不便があったらそいつに言え。それと、」


顔から外していた酸素マスクを口元に押し付けられ、むっとしながら顔に付け直す。


「医者の云うことは大人しく聞いておけよ。あと、院内は一人でチョロチョロするな」
「はは…、わかりました」















一晩眠ってすっかり体調も戻り、主治医と話してすぐに退院処理をするとペイルのシャトルを利用して学園へ向かった。

足の速いシャトルを利用したおかげで、そんなに日数をかけずに学園のあるフロントに戻ってくることが出来たのは良いものの、やっぱり傷はまだ痛い。


「……抜糸くらいなら、学園の医者でも良いって言ってたけど……」

脇腹は制服で隠れるから良いとして、左手にグルグル巻かれた包帯を隠すための黒いサポーターを付けたことで、少し動かしづらい。

色んなところがズキズキするのは、久々の学園生活に、少しだけ緊張してるせいもあるかもしれない。


(……それと、彼のこと)

ピッとタブレット端末を操作すると、エラン様の影武者5号の生徒手帳に入ってるGPSも問題なく作動していた。


「………」


新しい、強化人士。

エラン様でも彼でもない、新しいエラン・ケレス。

私自身は彼に何かしたわけではないのに、何となく顔が合わせづらい。
でも、サポートを指示された以上、仕事として割り切らないといけないのも分かってる。

影武者の彼と初めて顔合わせするために、彼がミオリネ様に社員として雇われている地球寮を目指す。

……仮にも御三家の御曹司であり、スレッタ様に敗北したエラン様を自社製品のテストパイロットとして雇うなんて思い切った事をする。

やっぱり、ミオリネ様は面白い方だと考えながら山林の道を歩いていた時、突然タブレットの電波マークが変わる。


「あれっ…?電波が上手く入らない……?」

何度かタブレットの設定を見直すも、電波マークは戻らない。

ナビの画面が薄暗くなり、砂時計がぐるぐると回ってしまった為、その場に立ち止まって端末の再起動をかけるとハアっと溜め息をついた。

電波の入りが悪い時に限って、タブレットの再起動にも時間がかかるからだ。
なんか、脇腹の傷がズキズキした気がして、服越しに傷口に触りながらその場にゆっくりと蹲る。


「………付いてないなぁ、もう……」
「迷子かな?」
「いえ、だいじょ、ぁ…エラン、様?」
「やぁ、初めまして」


そこにはエラン様の新しい影武者が立っていた。

軽快な口調と明るい声のせいで、一瞬だけ一般生徒かと錯覚した。
ヒラヒラと手を振って愛想良くニコニコ嗤っているエラン様。

今までとは、また違うタイプの人だ。


「幽霊でも見たような顔だね」
「失礼しました、初めまして。ご挨拶しようと思って、探していました。貴方のお名前は……何とお呼びしましょうか?」
「エランで良いよ。てか、それしか無いから」
「分かりました。よろしくお願いします、エラン様」


軽く手を差し出され、恐る恐る右手を出すと勢いよく握手させられた。
なんだか、随分と機嫌が良さそうだ。

端末の再起動が終わったのを確認し、学園マップを起動させようとしていると、彼の笑みが深くなる。


「……ホント、見かける度に迷ってるなぁ…」
「?なにか」
「なーんにも。用事は僕に会いに来ただけ?ペイル寮に戻るなら、一緒に戻ろうか?」
「助かります」
「じゃ、行こう」


スルリと自然な動作で手を取られて恋人繋ぎのような組み方をされ、引っ張られて歩いていく。

あまりにも普通にそうされたせいで、数歩歩いてから我に返って足を止めると、キョトンとした顔のエラン様が振り返る。


「どうかした?」
「何で、手を繋いでるんですか…?」
「婚約者の手を引くのは普通じゃない?」
「え?」
「えっ?」

驚いて目を丸くしてるエラン様が怯んだ隙に、スッと手を引っ込める。


「貴方が、そこまでなさる必要はありません」
「でもさ、君は今まで前任者とそれなりに仲良く婚約者っぽく振る舞ってたんだろ?
なら、そこそこで演じないと周りに疑われるじゃんか」
「……でも、貴方は……彼とは違う、じゃないですか」
「今までもその前も、ずっとそうしてきた癖に、何を今さら?婚約者が居るんだから、前任者4号に操でも立ててるワケでもあるまいし。とっくに死んだ人間相手に、何を遠慮するんさ」
「…………」


死んだ。
そう、もう彼は死んでる。

恐る恐ると『5号』である彼の顔を見た時、その耳には他の強化人士のように個人を把握するためのアクセサリーが下がっていた。

勿論、そこには白いタッセルではない、別物が下がっていた。

分かってはいたのに、今まで蓋をして何とか目をそらし続けてきた〈事実〉を突き付けられ、眼からパラパラと涙が溢れ落ちた。


「……は…?」
「すみませ…っ」
「………」
「申し訳、ありません。今はまだ、出来そうにありません」


頭を深く下げてそう言うと、あからさまに目の前の人は少し不機嫌そうに顔を歪める。


「……君がどうなのかは知らないけどさ、僕は此処でエラン・ケレスを演じなければ、処分されて死ぬんだ。
君に協力する気がないのなら、僕は僕で好きにさせて貰うよ」


明らかに侮蔑の籠った目で見下ろされ、ヒュッと息が詰まる。

口をはくはくとさせて何も言えずに居ると、エラン様は呆れたように息を吐いてそのまま私を置いて去ってしまった。




prev next






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -