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クラムボンは浮かんだ 2


「決闘相手と理由を探そうかな」


休憩室から出て無重力に身を任せながら、持っていたタブレット端末を起動させて学園内に在籍しているパイロット科生や、ペイル寮生一覧をチェックする。

こういう場合本物のエラン様なら、『適当に、ペイルの邪魔になりそうな中堅会社の推薦を受けてるヤツを狙え』って言ってくるだろうけれど、それを続けていたら流石に他の生徒には良い顔をされないだろう。


決闘で負ければ、その会社の推薦を受けていた生徒は将来就職の際に不利になる可能性があるし、下手な負け方をすれば自社モビルスーツの評判が落ちて、推薦と一緒に授業料の援助を打ち切りされて退学になるケースもある。


御三家の関係悪化も好ましくないから、御三家も却下。

前回の強化人士が最期に申し出た決闘は、ペイル寮の『寮長の座』だった。

御三家一角の筆頭となれば、受ける決闘にもそこそこのリスクとリターン、そして名目が必要。

むやみやたらと決闘をすることは出来ない。
売られた喧嘩は全て律儀に買っている現ホルダーのグエル・ジェタークが、抜きん出て異常なんだ。


「……決闘のオッズランキングからでも、良いかな」

そこそこの人気者同士の対決なら盛り上がるし、ある意味決闘慣れをしているから、負けたとしてもすぐにどうこうなる立場に居ない筈。

ピンッと学園内のパイロット科生の決闘(強さ)人気ランキングを開くと、1位には堂々とグエル・ジェタークの名が掲げられており、2位にシャディク・ゼネリ。

御三家のこの2人がそこそこ決闘常連者なのもあり、ファンの中では順位争いが白熱している。
一応、今までのエラン様たちも基本的に決闘はしないというスタンスで通しているだけれど、エラン・ケレスの名前は毎回5位以内には入ってる。

今のところ、負け無しなのも大きいかもしれない。


……だから、今回も何があっても負けるわけにはいかない。
それに、個人的な気持ちとしても勝って欲しい気持ちが強かった。

研究施設内マップを立ち上げるのを忘れたまま、タブレット端末を抱き締めて、フワフワと浮かんで壁づたいに進む。


「う"ーん…どうしよう……」


(そもそも、決闘システムなんて、無くなれば良いのに)

私たちが入学するずっと昔から、ホルダーと決闘システムはあったけれど、そもそもこの学園はパイロットだけを育成する機関じゃない。


ちゃんと私のような経営戦略科や、メカニック科もある。

なのに、パイロット科が断然有利な〈決闘〉システムが罷り通り続けるなんて、正気の沙汰とは思えない。

こんなシステムがあるから、本物のエラン様も自社AIのペイル・ブレードに経営戦略科じゃなく、パイロット科を受けるように推されてしまったのだと思う。

そうでなければ、きっとエラン様も私と同じ経営戦略科で入学して………強化人士なんて、必要なかった。


「……過ぎたことを言っても仕方ない、か」


ハア、とため息をついた時、はたっと自分が見知らぬエリアに居ることに気付いて歩みかけた足を降ろし、そのまま地を踏む。


「此処、どこ?」


キョロキョロと辺りを見渡し、真っ白い壁やガラス張りの壁ばかりが続いているエリアに狼狽え、何か目安になりそうなモノを探す。

でも、そこにはもちろん看板のようなものも地図も無く、ハッしてタブレットを開くも、『圏外』の文字が踊っていた。


「嘘でしょ……。もしかして、実験棟……?」


ぼんやりしながら進んできたせいで、検査棟とは真逆の方向へきてしまっていたらしい。

すぐ戻らないと、と思って後ろを振り返るも、さっそくT字型の分かれ道になっていて狼狽える。

オロオロしつつ、とりあえず誰か人を探そうと足を引いた時、トンッと背中が誰かにぶつかった。


「申し訳ありませんっ」
「いや、こっちこそ」
「………ぁ」

お辞儀をしてから上げた先にあったのは見たこと無い顔だったけれど、腕に色つきの専用のパスを付けて実験着を身に纏っていた為、「モビルスーツの実験体の一人」かもしれないと気付いて、一瞬顔が強張る。


この施設は、何処の隔壁の扉を開けるのにも、パスIDと顔認証が要る。 


それは、勿論部外者に社内の秘密が見られないようにするものあるけれど、いわば脱走防止も兼ねてる。

私はエラン様の次席くらいのアクセス権を貰っているから、何も考えずに歩いていても腕時計のパスコードが自動でカメラに認識され、大抵の隔壁は顔パスで開けられてしまう。


ただし、ペイル社内の研究施設内の機密を全部知っているかと言えば、否だ。

持ち去り防止も兼ねて、研究者達も同じエリア内にある研究を全て把握出来ないようにされているし、サイバー攻撃されないように巨大な電波暗室になってる。



私が、彼の腕についてるパスの判別が出来るのは、『強化人士』に関連している情報だからに他ならない。


「……俺が何か?」
「いいえ!お疲れ様です」

笑顔を作ってペコリと頭を下げると、少し意外そうな顔をしたその人は、「お疲れ」と口元だけを緩めた。


「あの、大変申し訳ないのですが……お願いしたいことが…」
「何かな?」
「このエリアは、サイバー攻撃とクラッキング対策で電波暗室になっていて、館内マップが作動しないんです。……電波が届くエリアまで連れてって貰えないでしょうか?」
「来た道を戻るだけなんだけど?」
「………そのー−……道を覚えるの苦手で」


意外そうな顔をしたその人は、瞬間口を押さえて「ハハッ」と笑いを溢すと機嫌良さそうに「こっちだよ」と手を引いてくれた。


「君、新人職員?」
「いいえ。関係者なので館内パスはありますが……奥まで来たのは、初めてなんです」
「そう?じゃ、此処がどういう場所なのかは知ってるんだ」
「まぁ…そうですね」


意味深な声色で問われ、『貴方みたいな強化人士を使い潰している側の人間です』とは流石に言えず、気まずい空気のまま迷路のようになっている中を連れられていく。

防弾ガラスで出来た隔壁の前に立つと、彼は人懐っこそうな顔で笑って奥を指差す。

「あの扉と、奥の扉を抜ければ区画外だから、電波も届く筈。でも、俺は此処までしか行けないから」
「ありがとうございました、助かりました」
「バイバイ」

トンっと軽く背中を押され、扉の向こう側へと体が押し出されて宙を浮かぶ。

まるで太陽みたいに笑う人の笑顔に釣られて笑みを作っては、片手を振り返しておいた。
隔壁が閉まったのを確認すると、ガラスの向こう側の彼は軽く手を上げてそのまま通路の奥に消えていった。


「良かった、ネットに繋がる」


くるりと身を翻して天井を蹴って移動しながら、すぐさまタブレットを操作して館内マップを開き、検査棟へ向かうナビを起動させる。

直進の道をタブレットと睨めっこしながらまっすぐ進んでいた最中、通路の向こう側から此方を見つけたエラン様が少し慌てたように壁を蹴って近付いてきた。

彼に肩を掴まれるような形でぶつかると、無表情のまま顔を覗き込まれる。


「何処行ってたの?」
「検査棟まで行こうとして、迷いました」
「……休憩室から検査棟まで、ほぼ直進の道で繋がってるんだけど」
「ついつい反対側に行ってしまったんですっ」

顎に手を当てながら怪訝な顔をするエラン様に、曖昧に笑い返すと小首を傾げられた。
無重力の中で、エラン様の髪と耳についてるタッセルがゆったりと揺れる。


「君……方向音痴?」
「ん"!でも、マップ見ていれば、問題なく学園内も歩けますし」
「方向音痴なんだね」
「う"ぅん"ッ」


ちょっと悔しくて否定も肯定も出来ずに居ると、相変わらず真顔のエラン様が「フム」と言うように小さく頷く。


「人には、得手不得手があるから。悪い事とは思わないよ」
「エラン様……」
「でも、それで良く今までサポート役が務まってたな、とは思う」
「く…ぅ、手厳しいッ」


本物のエラン様なら「相変わらず馬鹿だな」とバッサリ一刀両断して終わるのに……いや、全くもって正論なのだけれど。
私の背中が壁にぶつかる前にエラン様が片腕を回し、もう片方の手で反動をつけて壁を押し返す。

「……帰ろうか。フロントまで行けば、港から学園最寄り駅まではほぼ全自動だし」
「からかってます??」
「そんなことないよ」

しれっといつもの声のトーンで返され、腑に落ちない気持ちでジッと見返すと身を翻して先に行ってしまう。

ペイル社用の小型シャトルでフロントまで戻ってくると、想定より遅い時間になっていて、フロント外壁に映ってる空はすっかり真っ暗で学園内の移動に使えるモノレールは全て終電が過ぎてしまっていた。

試しにタブレットでペイル寮までのナビを開くも、此処から徒歩で寮まで帰るとなると数十分は掛かると出て、思わず溜め息が漏れ出た。


「すみません、レンタルリムジンも営業時間外みたいで…」
「レンタルなら、他の物もあるよ」


駅のすぐ脇にずらりと並んでいる、レンタルスクーターを指差すエラン様。
確かに、学園の生徒達もよく学内施設の移動に利用してるのを見かけるし、生徒なら無料で使えるし、各施設に駐輪場があるから乗り捨て自由で楽だ。

エラン様が近づいた事で、スクーターのスピードメーターの上でオレンジ色のハロが反応してパタパタと動いて、簡単な稼働説明を始めた。


「私、スクーターに乗った事無いです。自動の姿勢制御機能があればなんとか乗れるかも知れませんが…」
「じゃあ、一緒に乗る?」
「……へ?」

スクーターをレーンから引き出し、両足で車体を跨ぐように立つと「どうする?」と言うように視線を投げ掛けてくるエラン様に、自然と答えが零れた。


「っぉ、お願いします」
「じゃあ、後ろに座って掴まって」
「はい…、お邪魔します」

椅子の部分に座って彼の腰に手を回すと、すぐ風を切ってスクーターが動き出す。

確かにスクーターは2人乗りも可ではあるみたいだけど。
男女が乗っていれば、恋人のように思われても仕方ない。

いや、表向きは、恋人どころか婚約者…?だし。
私は、誰に何と思われても全然良いのだけど。


……この人は、何とも思わないのだろうか。


風で緑髪とタッセルが巻き上げられていても、正面を真っ直ぐ見ている彼の表情は一切分からない。
ギュッと腰に回した手のひらへ無意識に力が入った時、何を思ったのかレバーを持った片手を離してスッと軽く手が重なる。


「大丈夫だよ」

何が大丈夫なのだろう。
此方は全然大丈夫じゃないと言うのに。


すぐに離れてまたレバーを握り、何事も無かったように運転へ意識を戻してしまった背中が、何だか少しだけ憎たらしくも感じた。


ペイル寮の入り口近くにあるレンタル用の駐輪場レーンにスクーターを置いて行こうとした時、寮の入り口近くでたむろするように男子生徒が三人座り込んで談笑していた。

一人が気付くと、他の二人も此方に視線を投げて、ニヤニヤした顔を向けてくる。


「寮長サマが、休日のこーんな時間まで、女連れで夜遊びですか。ほーんとご三家様はお暇でいらっしゃいますね」
「器量が特段良いわけでもない、ガリ勉で陰鬱な女連れて、ご苦労なこった」
「つーか、もっと良い女いるじゃん。レネちゃんみたいな」
「え、オレはフェルシーちゃん派」
「ガキかお前ら。セセリアちゃん一択に決まってるだろ」
「は?」
「あん?」


睨み合いが始まって蚊帳の外になりかけたのに、エラン様が律儀に「帰っていいかな?」なんて訊くものだから、三人の視線が再び此方に集中してしまった。


「つーか、寮長なのにこんな時間までほっつき歩いて良いんですかー?」
「ペイル社の呼び出しだからね。一応、寮母に外出申請はしてあるよ」
「へーぇ、ご丁寧に」
「それより、君たちも消灯時間過ぎてるのだから、自室に戻った方が良いんじゃないかな?それと……喫煙は校則で禁止されてる筈だよ」
「チッ……うっせぇな」


言われてみれば、少しだけ煙のような匂いも漂っている気がして、つい顔をしかめてしまう。
それを見て、三人の内の一人が不機嫌そうに「はーあぁ…」と声を出すとズイッとエラン様に一歩踏み出して正面から睨み付ける。


「普段、俺達の事なんて興味無さそうにして関わらねぇ癖に、こういう時だけ寮長ヅラするんじゃねぇ、ムカつくんだよ。
ホント、お前らお似合いだよ。クソ真面目優等生の堅物で、慎重派。クソつまらねぇ人種。おまけに、寮長はペイル筆頭なのに、決闘すらしない」
「……」
「決闘もしない、ホルダーに挑戦もしない腰抜けの寮って、影で云われてんの知ってます?知らねぇよな?」
「……」


"こんなのが、いまだにオッズランキングの上位とかほんと。オレがパイロット科なら、真っ先に決闘挑んでるわ"


そう吐き捨てると、エラン様の目の前で堂々と煙草を取り出し、火をつけては煙を宙に吹く。


「君もさ、そんな男の金魚の糞してて、楽しい?」
「楽しいとか、楽しくないとかそう言うのでは無いです」
「じゃあ、なぁに?」
「私は、エラン様が少しでも学園生活を満喫することが出来るように、全力を尽くしたいだけです。
それに、お構い無く。私は……彼と居て、楽しいですから」


タブレットを抱き締めながらそう言い返すと、苦いものを噛んだような嫌な顔をされて、心底腹が立って頭の中でグルグル回る言葉を必死に飲み込む。
感情のままに言い返したら、それはそれで本物のエラン様の迷惑になるかも知れない。


互いにうまく引っ込みが付かなくて嫌な空気が漂う中、エラン様が口元に指を添えて何かを思案するように目を軽く伏せた。


数秒後、一人で小さく頷くと手を降ろして三人に改めて向き直す。


「…………そうだね。じゃあ、やろうか」
「は?何?」
「決まってる」

伏せられた月の瞳が、ゆっくりと開いて相手を鋭く見据えた。


「君達に、〈決闘〉を申し込む」


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