17

高さ二十センチメートル、幅十五センチメートルほどの透明な円柱に多種多様なチューブが取り付けられ、中に満たされた液体に送られた空気が気泡を作り出していた。浮かぶ三百グラムの物体。坂本は机の上に置かれたそれを大事そうに覗き込み、持ち上げる。そしてまたゆっくりと机の上の定位置に戻す。その動作を彼は暇さえあれば繰り返していた。何かを確かめるように持ち上げて眺めては下ろす。

「頭。もうすぐ着くぜよ」
「おお!」

扉越しに陸奥が声を掛ければ嬉しそうに坂本は声を上げた。そしてガラスの円柱を撫でる。チューブを外したガラス容器を鞄の中に入れた坂本は椅子に掛けていたコートを手に取り忠実な部下の待つ廊下へと向かった。明かりを消し、鍵を開ける。

「連絡はまだかの?」
「こちらから連絡しても応答せん…なにかあったのかもしれん」

陸奥は表情を陰らせて伝えた。坂本個人がとってきた仕事のため少々訳ありなのはわかっていたが、いざ問題が起きると快援隊にも何か問題が発生しそうで不安が消えない。一方坂本は連絡がない事など問題ないと言うようにケロッとしている。船酔いのため顔色は悪いが、特に憂慮すべきことはなさそうだ。

「とにかく予定通り、じゃ」
「了解した」

普段は放浪している彼が珍しくとどまっていることもあって特に反抗はしなかった。甲板へと向かう坂本の背中を追いながら、部下へと指示を飛ばす。もう長崎港は見えている。あと十分もすれば港に着く。そんな彼らの頭上に近づいてくるヘリコプターがあった。スラップ音がだんだんと大きくなる。頭上を仰いだ坂本はヘリコプターからはしごがおろされるのを見て、眉をしかめた。管制室から何も入ってこないということは事前のアポがなかったということだろう。事実甲板はざわざわと揺れている。サングラス越しにヘリを注視する坂本の目には中から出てくる男の背に靡く長い髪が写った。

「……ヅラ?」
「なんじゃ、知り合いか?」
「よく見えんが、その可能性もあるの」
「……」

万が一に備えて刺又を持ち出した部下を手で押さえ、上から人がおりてくるのを静かに見守った。敵意はない。甲板から三メートルほどの高さで飛び降り、華麗に着地した男は、間違いなく桂だった。後ろで結んでいた髪を解き、坂本のもとに駆け寄る。何事だろう。

「連絡もなしにすまない。少し、お前に用があってな」
「船は止めた方がよか?」
「いや、このまま行ってくれてかまわない」

桂をおろしたヘリコプターはすぐに現場を離れていった。突拍子のない行動の多い友人だが、今回は今まで以上に常規を逸している。陸奥が坂本の後ろに控えた。

「坂本…お前、名前と連絡はとっているか?」
「おお、もちろんじゃ。わしと名前はメル友じゃ」
「…最後に連絡を取れたのはいつだ?」
「昨日の夕方ぜよ。明日の夜香港であう約束をしてるんじゃが、こっちも連絡が取れずに困っちょる」
「そうか…ビジネスか?」
「そうぜよ」

坂本の目が爛々と輝いた。桂は風になびく髪を押さえ、目を伏せる。銀時から桂に連絡があったのだ。喋る銀時も取り乱していたし、聞いた桂も平常心を保てなかった。目の前の坂本の目を見つめ、何かを訴えかけようとする。サングラス越しの坂本の目は読み取れなかった。

「ビジネス内容を教えてもらうことはできるないか…?」
「それは無理な相談じゃ」
「坂本、名前の妹と知り合いだったよな」
「おお、しっちゅうよ。マナともメル友じゃ」

彼女は情報屋をしていたという。だが、ただの女子高生に売り物になるような情報が掴めるとは思えない。売れる情報を、誰から聞いた?銀時はマナの身の回りを土方や猿飛を使って調べた。悪いと思いつつマナの荷物を拝見。一番怪しいパーソナルコンピューターは銀時自身で探ることに。そこで出できてしまったものが、今回の発端に繋がったのだろう。

「少し、場所をとってはなしたいのだが」

桂はそう言った。陸奥はスケジュール帳をめくる。このあとに商談はない。荷物の受け渡しだけだから、坂本がいなくても支障はないだろう。そう判断した陸奥は止めなかった。彼女の様子から可だと判断した坂本は頷く。

「丁度、ヅラに見せたいものもあるんじゃ」

ニカッと笑った坂本は桂を船内に案内した。明るい電球の下を歩き、先ほどまでこもっていた部屋へと桂を連れ、部屋に或るいすに腰掛けるよう言った。ドリップ式のコーヒーを入れると香ばしい豆の香りが広がる。

「聞きたいことも多いじゃろうが、百聞は一見に如かずぜよ。急がば回れ」
「何を聞かれるか想像はついているようだな」

桂は坂本の部屋に置かれているものに興味を惹かれたらしく机の上や本棚の本を眺めて歩く。坂本はコーヒーを机に置き、先ほど鞄の中に入れたガラスの容器を再びチューブと接続した。船の汽笛が聞こえる。コーヒーを受け取った桂がシュガーを持ったまま坂本の持つ容器に目をやった。

「…これは」

浮かんでいる物は、よく図面ではみるものだった。脳。小学生の頃からよく理科の教科書に載っていた、あの脳だ。桂は理系選考ではなかったため、それが何の脳味噌なのかは分からなかったが、思わず口を閉ざすほど、思い当たる節はあった。薄く笑う坂本になんと尋ねればいいのだろう。それは何か?それは誰か?桂の疑問を汲み取るように坂本はチューブをつないだ。気泡が、容器の中に放たれ、弾けた。

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