30

「いつもあんなことしてるんですか」
「あんなこと?」
「その、エレベーターの中で」
「まさか」

お前だけだよ、と耳元でささやく。信用していいのか、いけないのかわからない名前はジト目で高杉を見た。

家に帰った名前は身支度を整えしばらくはぼんやりしていた。不在着信、神威。もしかしたら「ごめんネ、さっきのは冗談だよ」といった内容かもしれない。でも今は、彼とコミュニケーションは取りたくなかった。そっと電話画面を閉じ、玄関に凭れ掛かって高杉を待つ。冷え切った玄関だが、火照った心境ではこの寒さが落ち着いた。酒のせいもあって睡魔が這い寄る。うとうと、とまどろんだ。遠くの方でインターホンが鳴った気がする。もう一度、インターホンの音。鍵を開けた。目の前に広がる黒いコートに抱き着く。

「身体冷え切ってるぞ」
「……」
「どうした」

一度離れ、靴を脱いだ高杉にもう一回抱き着く。普段とはまるで違う態度の名前に熱でもあるのかと疑った。居間に入るとソファーが増えている。いつの間に買ったのやら。とりあえず名前をソファーに座らせて抱き寄せた。

「何があった」
「……」
「言いたくないならいい」
「……ごめんなさい」

ようやく顔を上げた名前に口づける。噛みつくように、唇を堪能したあとは口内を。化粧を落とした彼女からはいつもより色気が漂っているように思えた。肩に回していた手を体のラインをなぞるように下ろしていく。名前も高杉の首に腕をまわした。二人ががけの狭いソファーに雪崩れ込むように押し倒し、角度を変えて触れ合う。高杉の手が名前の足を往復するように撫で上げると、彼女の腕がピクリと跳ねた。息が漏れる。

「安心しろ、ここまでしかしない」

名前の上から起き上がった高杉は、腰が抜けたらしい彼女を自分の上に座らせる。しばらくぼんやりしていた名前だったが、思い出したかのように冒頭の言葉を発した。エレベーターの中での出来事がフラッシュバックしてきたのだ。

「キス上手ですよね」
「そうか?」
「さっき、ちょっとこのまま流されてもいいかな、って思いました」
「……」
「なんかごめんなさい」
「お前が良いっていうなら、な」
「……」
「ただ、今日のお前は変だ」

腹の上で組まれた手に力がこもった。後ろの温かさに凭れ掛かる。揺れていた自分が馬鹿みたいだ。好き。大好き。シャワーを借りたいという高杉に着替えを用意した。さすがに下着は無いが、スウェットならある。空知大学と文字の入ったスウェットを貸し、名前は布団の準備をした。二つ並べた布団。この光景にも神威のことが蘇ってきたが、頭を降って消した。付き合って初めてのお泊り。何もないとは分かっているが、ドキドキはする。あしたの講義は休もう。

「髪乾かさないと風邪ひきますよ」
「玄関でずっと待ってたお前に言われたくはないがな」

笑う高杉にドライヤーと歯ブラシを手渡した。自分はもう台所で歯磨きもおえている。あとは布団に入るだけ。スマートフォンを充電器につなぎ、LINEやツイッターの@欄を確認した。髪の毛を乾かし終わった高杉が戻ってきて、はやく布団に入るよう言う。電気を消して彼の待つ布団に入った。

「明日大学だろ?何時に起きるんだ?」
「えっと……」
「サボる気か?」
「……えへへ。でも出席無いんで大丈夫です!」
「両親が泣くぞ」
「……ごめんなさい」

ごろんと高杉の方を向くと彼はもう目を閉じていた。綺麗な人。本当にこんな人が自分の恋人だなんて信じられない。目を閉じて睡魔に身を任せた。

名前が起きたのは十二時過ぎ。けれど高杉は未だ夢の中だった。昼夜逆転の生活をしてるのでしょうがない。きっと疲れているのだろう。彼を起こさないように静かに洗面所に向かった。どこにも行く予定はないが薄く化粧をする。朝食は白米とお味噌汁を一人で食べた。すやすやと寝息を立てる高杉の寝顔を見ながらぼんやりと過ごす。高杉が起きたのは十五時過ぎだった。

「お早うございます……?」
「……」
「え」

ぱたんと布団に倒れ込み、掛布団のなかに潜りこんだ。二度寝するらしい。寝起き悪いのかな、と思った。昨日寝たのが一時過ぎ。十二時間睡眠を優に超えている。寝過ぎて頭が痛くならないといいのだけれど。


■ ■ ■


クリスマスは仕事だけどなるべく早く会いに行く、と告げて高杉は仕事に向かった。時刻は夕方の六時。結局講義には行かなかった名前だがサークルには顔をだすことにした。猿飛に夕飯をさそわれたのだ。ならばついでにサークルに顔を出して一汗かこうというのだ。滅多に顔をださないテニスサークルだが、人数が多い分ばれない。運動着に着替えてキャンパスに向かった。猿飛とバスに乗り、今日の講義プリントを貰う。そういえば猿飛に彼氏ができたことは言っていなかった。高杉だとは言えないが、彼氏ができたこと自体は言ってもいいだろう。でも相手を聞かれたら?やめた。聞かれたら「いる」とだけ言えばいい。

「テニスするの久しぶり」
「あんまりこっちのサークルこないもんね」
「そうだねー。運動不足なのも何とかしなきゃ」

バス停からすぐのテニスコートに入り、適当に準備運動をする。ラケットを数回振ってから空いているコートに入った。最初こそはぎこちなかったがだんだん元の動きを取り戻していく。十五分ほど打ち合って、一回休憩をとった。ベンチに人影。

「あ、山崎君」
「今日キャンパスいたんだね」
「さっききたの」

肩をすくめてみせると呆れたように山崎は笑う。彼は昨日の飲み会のあと神威に連れて行かれた名前を見ていたひとりだった。今日キャンパスに来ていなかったから何かあったのかと思ったが、特に大丈夫そうだ。沖田に名前がいることを伝えた。数分後テニスコートに沖田の姿が現れる。猿飛との試合に夢中な名前は全く気が付いていなかった。彼女の元気そうな姿と笑顔をみて安心するように笑う沖田。本当にこの人は名前が好きなのだと山崎は感じ取った。

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