01

「戦を忘れた里」これが湯隠れの里につけられたサブネームである。実際に里の戦力は年々低下の一途をたどっているし、忍稼業よりも観光産業のほうが主流になってきている現状を見ると、満更嘘でもないようなニックネームだ。そしてこの里には危機感というものがまったくない。暗部が朝から温泉に入っている時点で終わっていると思う。湯隠れの忍は任務の危険度が少ないから出世すれば安全で高額の給料が入るように思われていたが、このままではいくら出世しようが薄給のまま終わりそうだ。

「だからよーこんな里抜けようって言ってんじゃん」
「…もう聞き飽きたし、何より外でそんな話題出さないでって言ってるでしょ」
「お前がうんって言ったらもう言わないって」
「誰が言うか。そんなことより今日の任務は?」
「あ、そうだ。なあ聞いてくれよ名前」
「…あとでね」

そう言って温泉の中から立ち上がった。竹で区切られた男湯のほうからも飛段が立ち上がる音がする。どうせいつもの椅子のところで牛乳でも飲んで待ってくれているだろう。冷たいシャワーを浴びて体を引き締めて、洗い立てのタオルで水分を拭っていく。短く切ったばかりの髪を無造作にタオルで拭いながら忍装束に腕を通していく。清潔になった体に血がしみ込んだ服を着るのは嫌だったが仕方がない。長期任務中は碌に風呂も入れないことを考えればまだマシだ。そういえば、長期任務から帰ってきた飛段はどこかおかしい。何も考えずに生きてきたような奴だったのに里抜けするなんて言い出すなんて。しかも毎日、毎日。女湯の暖簾をくぐるといちごミルクを飲む飛段が片手をあげた。

「で、さっきの続きってなに?」
「うーん。お前の家で話そうぜ」
「別にいいけど」
「髪乾かせよ。風邪ひくぜ」

飲み終わった瓶をきちんと分別する飛段は実はいいやつである。二人そろって温泉から出ていくと道ばたで会話していた先輩達が「ヒュー!朝からおあついね!全く!」と野次を飛ばしてきた。ちらりと飛段を見ると嫌そうに眉間に皺を作っていた。


私と飛段はいうなれば幼馴染というものである。私の方が2つ年上だが、アカデミーも同期、正規部隊でのフォーマンセルも同じだった。しいて言えば暗部も私の1年後輩として飛段がいる。頭がいいとは言えないが機動力と忍のセンスを買われたのだろう。久しぶりに帰る我が家の鍵を開け、だるそうに歩く飛段を招く。

「親父さんもお袋さんも居ないのか?」
「らしいね…朝ご飯はいる?」
「もらう」

私の後を追い、リビングに入ってこようとする飛段をしっしっ、と洗面所に追いやって、手洗いうがいをさせる。何年たっても学習しないこいつの頭はどうなっているのだろう。キッチンでトーストをオーブンにセットし、イチゴとバターとハチミツをテーブルにのせた。コーヒーが飲めない飛段のために紅茶のティーバックを青いマグカップに入れ、私は赤いマグカップをコーヒーメーカーの下に置く。何年も続いた一連の流れは身体に染みついているみたいだ。

「目玉焼きでも作る?ベーコン食べるでしょ?」
「いる…おい名前」
「何よ」
「大事な話しなんだって、早く聞けよ」
「もうちょっとぐらい待てないの?なんなら沸いたお湯、あんたのマグカップとコーヒーメーカーに注ぐぐらい手伝ってよ」
「わかったよ」

飛段がキッチンに入ってきたことにより急激にここが狭く感じられた。ベーコンと卵を焼く私の隣で飛段はヤカンの中のお湯が沸騰するのをまっている。ようやく沸騰したお湯が二つのマグカップに注がれる時には皿の上に目玉焼きとベーコンがのせられていた。飛段は砂糖とミルクを勝手に入れている。

「ふっ…あんたよく砂糖と塩間違えてたよね」
「どっちも白だから分かんないんだって!容器に『塩』『砂糖』って書いとけよ」
「そんなことしなくても見分けられるもの」

軽く手を合わせていただきますと言う。正規部隊の時には毎日のように一緒にご飯を食べていたが、暗部に入ってからは二人の時間が合う方が少ない。まあ恋人同士ではないから一緒に食べる必然性は無いのだけれど。18歳。いい加減、甘い話しの一つや二つぐらいあってもいいはずなのに。湯隠れに旅行に来ているカップルを見るたび溜息が出てくる。何が原因なのだろう。性格か?容姿か?…いい加減、合コンにでも参加しようかな。

「で、何の話し?」
「お前、ジャシン教って知ってるか?」
「は?」
「ジャシン教だよ。汝、隣人を殺害せよ…ってゆー」
「知らない。あ、それあんたがこないだの任務で調査してきたやつ?」
「そうそう!それで俺、ジャシン教に誘われてよー」
「……」
「やっぱ俺には、こんな陳腐な里なんか似合わないって」
「……飛段」
「ん?」
「まさかあんたそれで里抜けするって言ってたわけじゃないよね。ジャシン教に入ります!とか言ったわけじゃないよね」

軽く目を見開いた飛段が笑った。だよね、まさか。そこまで馬鹿じゃないよね。だってジャシン教って信者の肉体で人体実験をして殺し合わせるイかれた宗教だって話しでしょ。…そこまで馬鹿じゃ、ないよね。

prev next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -