10

スーパーの袋を高杉はもちろん持ってはくれなかった。冷凍食品やお米まで入った袋を両手に下げた名前は息を荒げながらその重い荷物を自宅まで運ぶ羽目になっている。高杉に振り回されっぱなしの自分が情けない。部屋に雪崩れ込むなり「疲れたー」と布団にダイブする名前は買ってきたものを冷蔵庫やら棚やらに収めていく高杉を眺めていた。やたら手際が良い高杉だが、彼も一人暮らしなのだろうか。いや、普通に世話好きの恋人とかいそうだし、もう同棲とかしてそうだ。こんな外見のいい男に恋人がいないわけがないし、その恋人が高杉を野放しにするとは思えない。

「じゃあこんな所で何してんだあの人。浮気じゃん。不倫じゃん」
「あ?なんか言ったか?」
「……いえ、何も」

食品を収納し終わったらしい高杉は紅茶を片手に部屋に戻ってきた。二人分淹れてくれているところがまた良い。もぞもぞと布団から起き上がった名前は高杉から紅茶を受け取り冷ますことなく飲み始めた。生憎、猫舌なんて可愛い舌は持っていない。砂糖はすでに入っているのか甘味はあった。優雅に紅茶を啜る高杉は疲れたのか目を閉じていた。その綺麗な顔を眺めながら名前は何も考えずに問うてみた。

「高杉さん高杉さん」
「なんだよ」
「せっかくの休日にこんな所で時間を浪費してていいんですか?お家で彼女さんとか待ってるんじゃないんですか?」
「……」
「……」
「お前には関係ないだろ」

何気ない問いは酷く高杉の癇に障ったうえ、その答えは名前の心を少なからず傷つけた。俯いた名前に高杉は失言だったと悟ったが撤回するほどの器用さは持ち合わせていなかった。会話が途切れて重くなった空気のなか、高杉は名前の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。彼女の使っているシャンプーのいい香りが鼻腔をくすぐった。その乱暴だけど思いやってくれる手に、恋人がいようがいまいが惹かれそうになる自分が怖い。高杉に溺れていきそうな感覚に名前はぞっとした。神威と一緒だ。真剣に向き合ってくれる気もないのに思わせぶりな態度をとらないでほしい。受け止めて欲しいとはいわなから、せめて想うことを許して欲しい。でも、辛いだけなのだ。惚れた方が負けなのはもう十分に理解している。名前は濃い琥珀色の紅茶の水面に浮かぶ自分の顔が酷く歪んでいるのを見て、一層嫌気を募らせた。


■ ■ ■


無言で寄り添ってしばらく経った時、高杉の携帯が点滅していることに名前は気が付いた。仕事のメールか、プライベートのメールか。名前の目が携帯に向いていることに気付いていた高杉は思いあぐねていた。恋人がいるように装って嫉妬させてみたいという気持ちもあるが、嫉妬どころか落ち込ませるという先ほどの失態はもう繰り返したくなかった。結果、放置という形をとっている。開けっ放しのカーテンと窓が僅かな風と外の匂いを送り込んできているのを目を細めて感受した。どこの家庭も夕食の準備をしているのか、空腹を煽るいい匂いが風にのって二人の間を通りぬけて行った。赤い夕焼けが部屋に入り込み、窓側に座る高杉の顔を鮮やかに幻想的に彩っている。彼一人で完成しているような存在と視界に、やっぱり隣に立つことなんてできないと思った。

「腹空いてるか?」
「あ、はい…」
「どうせ料理できないんだろ。座っとけ」

また名前の髪をぐしゃっと崩した高杉は携帯を持って台所へ行った。彼女から見えない位置でメール画面を開き、半日で溜まった数十通のメールを消化していく。営業が一番大切なのだ。もっとも繋ぎ止めやすいメールと電話は決して疎かにはできない。メールを返信しながら器用に炊飯器をセットし、今日買った野菜やら豆腐やらを早速使って、簡単な夕食を作っていった。味噌汁を作っている時に白味噌を買ってきたことに気が付いた。いつもの習慣で京味噌を買ってしまったが、名前は大丈夫だろうか。関東では基本的に赤味噌が主流だ。少し考えたあと、仕方ないとそのまま夕飯作りを続行した。シシャモを恐らく一度も使われてないであろうグリルに入れて焼き、かぼちゃの煮つけを作っていると部屋の方から名前の話し声が聞こえた。無意識に耳を澄ませていると途切れ途切れに会話が聞こえてくる。些細な加虐心から声を掛けてみることにした。名前を呼ぶと慌てたようにこちらを振り向き、口に指を当てて静かに、とジェスチャーをした。予想通りのリアクションにクククッと笑う。炊飯器の早炊きが終了した音が鳴った。

「……高杉さんって何でもできるんですね」
「少なくともお前よりかはな」
「……」
「箸とってこい」
「はーい」

当たり前のように高杉が夕食を作り、当たり前のように一緒に食べようとしている。チクリと胸にささるものを呑みこみ、来客用の箸と自分の箸を持って部屋に戻った。和風料理の数々に名前は感動した。久しくまともなものを摂っていなかった胃袋が空腹を訴え、片手で味見をしていた高杉も自信ありげににやりと笑った。

「いただきます」

白味噌の味噌汁を啜った名前は満足げに笑った。小さくおいしいです、と言う。高杉もシシャモに手を付ける。休日ぐらいしか自炊はしない高杉であるが、昔、銀時に無理矢理料理教室に連れて行かれたこともあって腕に自信があった。一人暮らしと、女の子にもてるために料理を習い始めた銀時だが、結局お菓子のレパートリーが急激に増えただけで主食はからっきしだという。料理教室でのハーレムを夢みていたらしいが、昼間の教室なんて主婦ばっかりである。女子高生を期待していたぶん残念がっていた。そんな話を高杉は名前にする。白米をペロリと平らげていた彼女はかぼちゃの煮つけを食べながら相槌を打っていた。テレビのない部屋である。聞こえるのは二人の会話だけ。ゆっくり流れる夢のような時間に幸せを感じた。

「このお味噌汁、白味噌なんですね」
「いつもの習慣で買っちまったからな。しばらく我慢しろ」
「あたしの実家が関西なんで白味噌で嬉しいんです。食堂のお味噌汁は赤味噌なんで慣れないんですよね」
「……そうか。俺も出身は山口だ」
「……ずっと東京育ちかと思ってました」

田舎っぽさが抜けない名前とは違い高杉はむしろ垢ぬけている。同じ田舎出身だと聞いて一層の親近感が湧いた。懐かしい味のお味噌汁を飲み干して、ふっと息を吐く。高杉に恋人がいようがいまいが、関係ない。ささやかな思い出としてこの時間を許容しよう。甘い味噌の後味が胸に溜まった灰色のもやもやをゆっくり溶かしていった。

prev next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -