壊れたコンパス


「もう随分と長いことこの島にいるような気分だ」


夕暮れに染まる海を見ながら、ローはそう呟いた。私達が知り合ってから、もう一月は過ぎている。その時間を短いと取るか長いと取るかは、自分たち次第だった。


「この島は、ログが溜まるのも長いし、ゆったりと時間が流れるの。だから、そんな気持ちになるのかも」
「二ヶ月もここで足止めを食らうなんて、幸先悪いと思ったんだがな」


ロー達は駆け出しの海賊だ。ここで二ヶ月も留まるということは、焦燥感もあってストレスに感じるだろう。生き急ぐ若者達にとっては、この島はイライラするほどのんびりしているように見えてしまう。
彼も最初はそう感じていたらしい。しかし、船を修理し、必要な物資を詰め込み、情報を集めるなど、毎日いくらでもやることはある。港の裏の浜辺でローやその仲間が鍛錬している姿も何度か見かけた。焦る必要は無いのだと、きっと理解したのだろう。


「私は、ローがこの島を航路に選んでくれてよかったよ」


肩にもたれかかりながらそう言った。
別れがやってくる。ローはいつまでもこの島に居続けるわけではない。最初からわかっていたことだ。


「私、この島の外の世界なんて興味なかったの。知ろうともしなかった」
「俺だって、まだ世界のことなんか全然わかっちゃいねぇ」
「でも、ローはこの広い海をいつか制覇するんだね…」


途方もない夢だと思った。今までの私の世界観では想像もできない程大きなスケールだった。
ローが話してくれた過去はきっと彼のすべてではない。だけど彼と彼の仲間の出会いや冒険の話は、私の胸を躍らせた。わざわざ海に出なくたって幸せはあるのにと思っていた。だけど、違ったのだ。


「そろそろ仕事じゃないのか?」
「うん、もう行かなきゃ。今日はうちに来る?」
「いや、俺も用がある。今日はこのまま船へ帰るつもりだ」
「そう…」


もう残り少ない時間を、私はローと過ごしたかった。そのことを敢えて口に出すことはしなかったが、ローも感じ取ってくれたようで、店まで送ると申し出てくれた。
私は素直にその言葉に甘えて、彼の腕にもたれかかるようにして歩き出した。

店の裏口まで送ってもらい、私はローと別れる。店へと入ると、既に来ていたオーナーに苦い顔をされた。


「お前、まだあの入れ墨男と付き合ってたのか」
「オーナーには関係ないでしょ」
「あいつは海賊だろ?じきに島を出ていく。深入りして傷つくのはお前だぞ」
「……わかってるわよ」


私は少し乱暴にそう答えて、控室の扉を大きな音を立てて閉めた。言われなくても、そんなことは分かり切っている。深入りしているつもりなんてない。
もし、海へ連れて行ってと言ったらどうなるのだろうか。
そう考えて、あまりにも馬鹿馬鹿しい想像だと自嘲気味に笑った。海賊の船に乗るなんて、そんな覚悟は無い。第一、ローは私を船には乗せないだろう。
ため息を吐いて衣装へと着替える。ローがこの島を出て行っても、私の日常はこうして続いていくのだ。それが、とても悲しいことのように思えて、なんだか泣きたい気持ちになった。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -