ふるえたくちびる


それからしばらく、船長と顔を合わせづらくなってしまって、船長が近くに来る度にさっとその場を去って、なんとか船長と会わずに済むようにしていた。
あれが夢だったなら…、いや、きっと夢だったのだろう。船長とキスする夢を見ただなんて、そんなの、破廉恥過ぎるし、何より船長に申し訳ない。ただの一部下に過ぎない私が、恐れ多くもあのトラファルガー・ローにキスをされるだなんて、そんなことを望んだと知られただけで恥ずかしくて死んでしまう。自分の中にそんな欲求があったなんて思わなかったし、そういうことを想像してしまった罪悪感で、船長の顔など到底見れなかった。

なんて思っていたのに。夜遅く、自室でうとうとしかけていると扉をノックする音が聞こえた。誰だろうと思いつつも、はーいと返事をして扉をあけると、なんと、私の部屋を訪ねてきたのは今一番顔を合わせられない相手である、船長だった。


「え、あ、船長……」
「もう寝るところだったか?」
「…はい……」
「少し、いいか?」


船長は「いいか?」と私に聞いたけど、その問いを否定する権利は私にはないと言っているような威圧感だった。頷いて、私は船長を部屋に招き入れて、椅子を出して私はベッドに座った。しかし船長は私が用意した椅子には座らず、私の隣、ベッドに腰掛けてきた。
今までずっと避けていた分、近くなった距離に鼓動が早まる。船長は私をじっと見下ろした。まさかどいて下さいなんて言えるはずもなくて、私は目を逸らしながら早口で何の用ですかと聞いた。


「おれに何か不満でもあるのか」
「え、えっ…?」
「お前の態度、最近あからさまにおかしいだろ。言いたい事があるなら、今言え」


船長は、少し苛立っているようだった。船長の視線を感じるけど、顔は上げられなかった。


「べ、別に、不満なんて、ないです」
「じゃあなんでおれを避ける」
「それは…」


船長とキスをした夢を見てしまったからです、なんて言えるはずもなかった。あの夢自体、本当に夢だったかどうかも分からないのに…。部屋に沈黙が流れる。船長の視線は相変わらず私に注がれたままだったと思う。それを確認するすべはなかったけれど…。
やがて痺れを切らしたように船長は舌打ちをした。


「いつまで黙ってるつもりだ。……今すぐ言え。言わなきゃ……ここで犯す」
「えっ?」
「早く」


お、おか………?聞き間違いだろうか。顔を上げると、船長の整った顔が思ったよりもすぐ近くに会って、またもや心臓が大きく揺れた。船長は、大分御立腹のようだった。船長から流れ出す苛々のオーラが私を包んでいき、やや恐怖心も混じり、私は諦めたように、逆に船長に問いかけた。


「あの日」
「あの日?」
「私が酔っぱらった日……。船長、私に、…………キス、しましたか……?」


耳が熱くなる。こんな恥ずかしい事を本人に確かめる事になるなんて思わなかった。当然、船長の顔は見れなかった。私は俯いてベッドの上のシーツのしわをじっと眺めていた。ぎゅうと握る手に汗を感じる。鼓動、とてつもない早さ。恥ずかしい。


「あぁ、した」


船長の答えは簡潔だった。あれは、夢ではなかったのだ。

 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -