きっと、この日のことを私は一生忘れないだろうと思った。
初めて好きになった人と、花火の咲いた夜空を眺めたこと。先生の手の温度。頬を包む熱。
最後の花火が散った。遠くから喧騒が聞こえてくる。

好きと言った私の唇は、閉じることも出来ずに震えていた。
瞳は確かに先生のことを捉えていたはずなのに。そのとき、何が起きたのか、私は理解するまでに10秒はかかった気がする。


「せ、んせ…」
「帰るぞ」


先生は頬に触れていた手をそっと離し、そして私に背を向けて短くそう言った。
心臓が、もう二度と元には戻らないんじゃないかというくらい大きく波打っている。
唇の震えは止まらなかった。重なった一瞬の熱がずっと残ったまま、私の思考回路をぐしゃぐしゃに掻き乱したまま、答えのない問いかけだけがそこに置き去りにされていた。


最後の花火が夜空に浮かび、そして散っていく瞬間のこと。
本当に、一瞬だった。
先生の唇は、確かに、私の唇へと重ねられたのだ。


消えていく花火よりも儚いキスだった。現実に起きたことなのか、それとも、幻覚だったのか。
先生は固まったままの私の方を振り返らず、もう一度「帰ろう」と優しく声をかけた。
唇だけじゃない。足も震え出して歩くことさえままならなかった。
私はヨタヨタと先生の後ろ姿を追っていく。近くに車を停めているから、という先生に私は無言で頷いた。

人混みを逆らうようにして駐車場を目指す。なるべくすぐ後ろを歩くようにしていたけれど、大勢の人の波に飲まれて距離が空いてしまった。
背の高い先生の姿を見失うことはなかったが、そのまま波に押されて行きたい方向とは逆方向へと体が流されていく。
人混みの中、大きな声で「先生」と呼ぶことは躊躇われた。声を出そうとした口を再び閉じた時、先生はこちらをようやく振り向いて、そして呆れたように眉を下げて私の名前を呼んでくれた。


「ったく、何してんだ」


ぎゅっと掴まれた手首。引っ張られた私はすっぽりと先生の胸の中に収まった。
それからすぐに体は離れ、手だけは繋がれたまま、私たちは再び歩き出す。手首にあった先生の手は気付けば下に降りて私の手のひらをぎゅっと握りしめていた。


「はぐれるなよ。こんな人混みではぐれたら、さすがに見つけられねェよい」


先生の声は普段といたって変わらなかった。手首が燃えるように熱い。心臓は痛いほどに鼓動を鳴らし続けている。
駐車場まで着くと少しだけ喧騒が遠のいて、二人の足音だけがやけに大きく聞こえる気がした。
手に持ったカバンが、さっきから僅かに振動している。ユキからの電話だろうか。上手くいったという報告だと良いな、なんて考えながらも、わざわざ先生に掴まれたままの手を振り払ってまで携帯を確認しようという気持ちにはならなかった。

車の前について自然と離れた手。促されるまま助手席へと座った私の頬は未だに熱を持っていた。


「電話、さっきから鳴ってるだろ」
「あ、多分、ユキからかな…」
「出なくていいのか?」


先生もバイブ音には気付いていたらしい。去年のように、私がユキ達とはぐれたためにあの場所にいたと思っているようだった。
ユキ達とは敢えてはぐれたことを話すと、先生は「そうか」と返事をした。


「一人であんな人気のない場所に行くのは感心しねェな」


先生のため息と共に車は発進する。携帯の画面を見ると、案の定着信はユキからのものだった。先生の前で電話に出るわけにもいかず、私は「あとで」と短く返信を打ってから再びカバンへとしまい込んだ。
車内の空気はなんともいえず気まずいもので、家まで送ってくれると言った先生の厚意に甘えて私は地図アプリを見ながら道案内をした。
自宅までは、あと20分程かかる。

無言になった車の中で、あのキスがよみがえり、少し落ち着いたはずの私の心臓は再び静かに脈を早めていく。

なんで来てくれたんですか。どうしてキスをしたんですか。先生。

聞きたいことは山ほどあるのにどれも言葉にすることができなかった。苦しくて切なくて、ふと気を抜いたら涙がこぼれてしまいそうだった。




 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -