「悪い」
「え?」
「咎めるつもりで言ったわけじゃねェんだ」


一体それが何に対する謝罪だったのか分からず、私は間抜けな声を出した。
何回目かの信号待ち。沈黙を先に破ったのは先生からだった。
カチ、カチ、とウインカーが一定のリズムを打つ。少し前に鳴りやんだ携帯電話をぎゅっと握りしめた。


「あんなとこにお前を一人で行かせちまったのは、おれのせいだな」


それが先程の「一人であんな人気のない場所に行くのは感心しねェな」という先生自身の発言に対する言葉だということを遅れて理解する。
なんて返すのが正解なのか。私は曖昧に「いえ…」と口を開いた。


「私が勝手に行っただけなので、先生のせいとかじゃないです。それに、あそこでずっと待ってたわけでもなくて、なんとなく足が向かったていうか、その」


実際、私は先生が来るまであの通話はただの夢だと思っていたのだ。無言電話をかけただけ、もしくは寝息を聞かれてしまったと、そんな風に考えていた。
今日私があの場所へ向かったのは明確な理由があったわけではなくて、花火のように刹那に煌めいた、去年のひとときの幸せを思い出して、本当に気まぐれで向かっただけだったのだ。

先生とまた花火を見れるだなんて、期待なんかしていなかった。
……本当に?
心の中でそっと自問自答をする。期待していなかった、なんて言い切れるのか。あの電話が現実で、先生がもしあの場所に来てくれたらと、私は、本当は。

気を抜くと涙腺が緩み見せたくない涙を零してしまいそうだ。
ぐっと下唇を噛んで俯くと、また少しだけ呼吸が苦しくなった。


「なぁ、少しだけ寄り道していいか?」
「え?」


寄り道、とは。
手前にある横断歩道の青い光が点滅する。ここを曲がれば、あと数分で家に着いてしまう。
見慣れたはずの交差点がなんだかやけに憎たらしく思えた。呼吸が苦しくなるほどこの空気に耐えかねていたのに、まだ帰りたくないと本心では思っていたのかもしれない。
そして、同じ気持ちを先生も抱いてくれていたということなのだろうか。


「門限があるなら無理にとは言わねぇよい」
「ないです!門限とか、別に、まだそんな遅い時間でもないし、全然大丈夫です」


食い気味に返事をしてしまったことをすぐに恥ずかしく思ったけれど、そんな私を見て先生は優しく笑みを浮かべポンと大きな手を頭に被せた。
ふわりと空気が揺れて、さっきまでの沈黙に緊張していた心がゆっくりと、ほんの少しほどけていく。


「じゃあ、あと少しだけ付き合ってくれ」
「はい」


信号が青に変わる前、先生はウインカーを切る。まっすぐに走り出す車は、私の鼓動に比べたらやけにゆっくりと時を刻んでいるように思えた。



 
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