気が付けば、あっという間に夏休み。
寝惚けて電話をかけてしまったあの日以来、一度もマルコ先生とまともに話せないまま休みに突入してしまった。

期末テストの結果は特筆すべきものでは無かったけれど、内部進学の推薦状は問題なく受けられるだけの成績は修めることができた。心配事何もない楽しい最後の夏休みだというのに、私の心はなんとなくずっと、ここにあらずのようにぼんやりとしていた。
休み中に立てた予定のほとんどはユキとの約束で、私達はほとんど毎日のように連絡を取り合うほど。エースと三人で遊ぶことも多くて、それなりに充実した日々を過ごしていた。


たくさんの思い出を無邪気に積み重ねる。夏祭りは、楽しみにしていた予定の最後の一つだった。

「七花の浴衣、やっぱり似合ってるね」
「…ありがとう」

改めてユキにそう言われると少しだけ照れてしまう。同時に、思い出す去年の記憶。先生が似合うと言ってくれた。笑いかけてくれた、あの夏。
ユキは朝から大分緊張しているようだった。エースに告白すると夏前に宣言した彼女は有言実行を心に決めているらしい。
三人で待ち合わせてお祭りに行く予定だが、私は頃合いを見て二人きりにするためにはぐれたフリをする算段を付けていた。なんだか、みているこっちまでドキドキと緊張してきてしまう。
最近のエースとユキは、私の贔屓目を差し引いてもお互いに充分意識し合っていると思う。ユキの恋が上手くいくようにと願う気持ちと、エースがユキと同じ気持ちを抱いていますように願う想いが、両方ともぎゅっと胸を締め付ける。

ユキはいつもより髪形もメイクも気合を入れていて、それはどうやらエースにも伝わったらしい。いつもは会った瞬間から弾む会話が、待ち合わせの時からどことなくぎこちなくて、だけどなんとなく甘酸っぱい空気でもあり、これは早々に私は離脱した方が良いかもしれないと考えるほどだった。


しばらく三人で出店を楽しんだ後、私は親から電話があったと嘘をついてその場を離れた。二人の姿が見えなくなったところでユキに「頑張ってね」とメッセージを送ると、すぐに既読が付いて「ありがとう」と短い返信が来た。

時間を見ると、もうすぐ花火が上がる時刻だった。


さて、どうしようかと周りを見渡した。去年、先生と二人で花火を見た場所のすぐ近くだということに気付き、せっかくだからと私はあの場所へと向かうことにした。
やっぱりこの空き地のような場所は穴場らしい。去年は何組かカップルもいたけれど、今日は私一人だけだった。
この場所、どうせなら二人に教えてあげた方が良かったかな、なんて思いながらあの日二人で腰かけたガードレールに寄りかかった。
少し灰色がかった空。花火、ちゃんと見えるだろうか。

「今年も、先生と一緒に見たかったな…」

思わず独り言を呟いたとき、握っていた携帯電話が震え出した。
ユキからの、告白が上手くいったという報告の電話だろうか。少しドキドキしながら画面を見ると、そこに表示されていた名前があまりにも予想外過ぎて、思わず私の心臓がは止まりそうになった。

先生、とだけ登録した番号。どうして、今この番号から着信が来るのだろう。驚き過ぎて取れずにいると電話は切れてしまった。そしてまたすぐに震え出す。
おそるおそる通話ボタンを押した。心臓から脳みそまで、体の全部がドクドクと大きな脈を打っていた。

「は、はい」
「川村、今どこにいる?」
「え?」

先生の声の後ろからは喧騒が聞こえた。随分久しぶりに聞いた低い声に、胸がキュンとときめいた。

「どこって、あの…」
「あぁ、見つけた」

声は携帯からじゃなくて、背中の方から響いていた。
振り向くと、そこには少しだけ焦った様子のマルコ先生が呆れたような顔で私のことを見つめていた。






 
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