修学旅行から数週間が経った。カバンにつけたお守りの鈴が鳴る度に、私はマルコ先生のことを思い出した。
あの日二人で撮った写真を毎晩寝る前に眺めている。先生の隣に映る私は好きという感情がダダ洩れのように見えた。好き。一度は抑えようとした気持ちがこんなにも溢れてしまうのに、私はそれを伝える術を持ち合わせていなかった。
ユキとエースにも、私は本心を隠し続けていた。エースはもしかしたら気付いていないかもしれないけれど、ユキは私の気持ちを察していて敢えて何も言わずにいてくれている気がした。

期末テストが終わり、夏休みが目前に迫った日のこと。エースは例に漏れず補習に引っ掛かっており、私とユキは二人で空き教室でエースが戻ってくるのを待っていた。
ジリジリと暑い空気がなんとなく私たちを無口にさせる。購買で買ってきたジュースは既にぬるくなっていた。

「七花さ」

不意にユキが口を開いた。エースの補習は4階の教室で行われており、3階には多分私達以外誰もいないはずだった。

「マルコ先生のこと、まだ好き?」
「…え?」

急な質問に動揺した私は手に持っていた紙パックのジュースを床へと落としてしまう。慌てて拾いユキの顔を見上げると、ユキは複雑そうな顔をしていた。

「ユキ、あの…」
「私はまだ、エースのことが好きなんだ」

ドキンと胸が揺れた。昨年の秋、エースから告白をされた。それがきっかけで私達は離ればなれになって、だけど仲直りをしてまた一緒に過ごすようになったこと。
もう随分と昔のことのように思えた。ユキがまだエースを意識していることはずっと前から分かっていた。

「私ね、ちゃんと告白しようと思うの」

ユキはそう言って私のそばに近付き、手をぎゅっと握った。頬はほんのりと赤くなっている。僅かに潤んだ瞳が、気持ちの大きさを感じさせた。

「夏祭り、去年みんなで行ったの覚えてる?」
「うん、もちろん」
「今年も誘おうと思って。そこで、告白しようと思うんだ」
「そっか…」

私は大きく頷いてユキの手を握り返した。応援するよ、と答えた私にユキは「七花も、もう一回伝えてみたら?」と顔を覗き込んできた。

「もう一回、って…」
「マルコ先生、夏祭りに誘おうよ。それで、来てくれたらもう一回告白するの。だって七花、まだ先生のこと好きなんでしょ?」

違う、なんて言えるはずがなかった。何があったかなんてユキは聞いてきたりはしなかったけれど、それでも修学旅行の最終日に私の気持ちがぶり返す何かがあったことはきっと勘付いていたのだ。

「私、ちゃんと振られてるんだよ。今更誘ったりなんて出来ないよ」
「だけどマルコ先生、絶対七花のこと特別だと思ってるよ。だって明らかに七花にだけ優しいもん。他の子は気付かないかもしれないけれど、私には分かるよ。先生は大人だし、それが恋愛感情かどうかまでは自信ないけど……。でも、七花だってそう思うとき、正直あるでしょ?」

ユキにそうまくし立てられて、ぐっと言葉に詰まってしまう。二人だけで撮った写真、お揃いのお守り、教えてもらった電話番号。全部、他の子にも同じようにしていることだとは思えなかった。だけどそれを自惚れる権利なんか私にはあるはずない。だって私は、一度きっぱりと振られているのだから。

「…無理だよ」
「無理じゃないよ、私も頑張るから、七花ももう一回頑張ろうよ」
「でも…」
「七花も一緒に頑張ってくれるなら、私もエースに気持ちをちゃんと伝えられると思うの」

ユキの真剣な眼差しに私はこれ以上ノーとは言えなかった。もしかしたら、私は本心では自分の中で燻ぶっていたマルコ先生への想いを誰かに後押しされたかったのかもしれない。ゆっくり頷いた私に、ユキはようやく笑顔を見せた。





 
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