他の先生や生徒の目もあるため、さすがに空港まで直接タクシーで向かうのは躊躇われて私たちは大きなターミナル駅の広場で車を降りた。
集合時間まではまだ少し余裕があった。まだ少しだけドキドキと高鳴る胸を隠して、私は至っていつも通りの雰囲気を心がけようと先生に話しかけた。

「あと10分後に、ちょうど快速の電車が来るみたいです」
「そうか。じゃあ時間には間に合いそうだな」

先生は時計を確認したあとにどこかへと電話をかけていた。多分、他の先生たちと連絡を取っているのだろう。私は少し離れたところでエースたちにもうすぐ合流できるよとメッセージを送った。
電話を切った先生がこちらへ近づいてきた、すぐそばの自販機で買ったお茶を手渡してくれた。

「ありがとうございます」
「どういたしまして」

先生は、優しい。その優しさは時に少しだけ残酷に私の胸を締め付ける。
電車が来るまであと五分ちょっと。いつもよりも色々と気遣ってくれる先生のせいで心の中でちょっとだけ膨らんだ欲に私は従ってみることにした。

「先生、あの」
「なんだよい」
「……写真、撮ってくれませんか?」

二人で、と小声で付け足した。先生は少し驚いたような顔をして私を見つめている。

「先生と二人で写真、撮ってないなって思って」

言い訳にもならない言葉の羅列は逆効果だっただろうか。それでも、先生とのツーショット写真が欲しい気持ちは本当だったし、それくらいの思い出を望むことくらい許されても良いんじゃないかと思ったのだ。
携帯をぎゅっと握りしめる。やっぱり、断られちゃうかな。撤回しようかと思いかけた時、先生は拍子抜けするほどあっさりした声で「あぁ、良いぞ」と答えた。

「えっ?」
「お前の携帯で撮るのか?」
「あ、はい、良いんですか?」

まさかこんなにも簡単に承諾されるとは思わなくて、今度は私が驚いた表情をしてしまっていた。そんな私を見て、先生はおかしそうに笑う。

「お前が撮りたいって言ったんだろい」
「そ、そうですけど。まさか本当に撮ってくれるとは思わなくて…」
「写真も撮ってやらねぇほど冷たい奴に見えてんのか、おれは」
「違いますよ!」
「冗談だよい。ほら、電車来る前に撮るぞ」

先生はぎゅっと私の肩を掴んで引き寄せた。急に近付く距離。赤面は、隠しきれなかったと思う。
携帯を持った腕は震えていた。ぎゅっと伸ばしたけれど短い私の腕だと、二人の顔を画面に映すだけで精一杯だった。

「撮りますね」
「おう」

顔、やっぱり赤くなっている。画面に映る私は笑っていたけれどなんだか泣きそうな目をしていた。シャッター音が鳴ると同時にホームに電車の到着を告げるアナウンスが響いた。
離れる体。私は撮った写真を確認する振りをしてすぐに俯いた。手はまだ震えていた。

「ちゃんと撮れたか?」
「はい」
「そうか、なら良かった」

ぎこちない笑顔の私と柔らかく微笑む先生。二人の距離は肩が触れるくらい近いのに、私たちはただの教師と生徒で、それ以上の関係になることは決してない。
この写真、一生の宝ものにしますね。そんなことを口に出すことなんてできなかったけれど。
やってきた電車に私達は何も言わずに乗り込んだ。

「さっきの写真」
「は、はい」

昼間だからか、行き先が終点の空港だったからか、電車の中にはほとんど人がいなかった。先生に話しかけられて私の肩はびくりと揺れた。やっぱり消せと言われるのだろうか。嫌な緊張が胸を占める。

「おれにも送ってくれよい」
「……えっ」

またもや驚いた私は携帯を落としてしまった。先生の足元に転がったそれを拾ってもらい、手渡される。

「ごめんなさい、ありがとうございます」
「危なっかしいな、川村は」

呆れたように、だけど温かい笑みが私の鼓動を加速させる。携帯をもらうときに僅かに触れた指先が熱い。私はどうやって送ればいいですか?と視線を逸らしながら問いかけた。

「電話番号、今から言うから」

先生はそう言って番号を口にし始めた。ぽかんとしていた私は慌てて携帯のメモ帳アプリを開いたが、最初の数字を聞き逃してしまった。

「もう一回、言ってください!」
「さて、どうしようか」
「い、いじわる」

楽しそうに話す先生の姿に、これは多分ふざけていると分かったから私も頬を膨らませてみた。先生はクツクツと笑いながらもう一度電話番号を教えてくれた。その番号を登録してから、私は先程撮った二人の写真を先生へと送った。

「はい、今送りました」
「ありがとよい。……よく撮れてるな」

目を細めて写真を眺めならそう呟いた先生に、キュンと胸が疼く。
分かっている。先生に他意はないことくらい知っている。だけど、私一人の頭の中で、もしも先生も私と同じ気持ちをちょっとでも抱いてくれていたらと願うことは個人の自であるはずだ。
大切な思い出がまた一つ増えた。先生、好きです。心の中で唱えた言葉は、私以外の誰にも聞こえていないだろう。





「七花!大丈夫だった?」
「うん、ちゃんとお守り買えたよ」
「途中で連絡取れなくなったから心配したんだよ!」

電車を降りた後、先生に「先に行ってろ」と言われて私は小さく頭を下げてから小走りでみんなが待つ空港のロビーへと向かった。
ユキやエースは既に到着しており、私を待っていてくれたようだった。二人とも一時連絡の取れなくなった私を心配していたらしく、再会出来てお互いにほっとした表情をしていた。ユキの体調も、病院で痛み止めをもらったらしく大分落ち着いているように見えた。

「一人で行かせて本当にごめんね」
「ううん。これくらいなんてことないよ」
「途中でマルコに七花が一人であの神社に向かってることバレちまったんだけど、怒られなかったか?」
「あぁ、うん。先生と途中で会って、それで充電器を貸してもらえたんだ」

私は先生との約束を思い出す。二人でタクシーに乗ってお参りをして、そしてお揃いのお守りを持っていることは、二人にも話さないつもりだった。写真を撮ったことも、連絡先を交換したことも、全部私と先生だけの秘密。
心配してくれた二人に対して嘘をついているようで罪悪感を抱かないわけじゃなかったけれど、先生の厚意を無駄にすることだけはしたくなかった。

「もちろん、単独行動のことで叱られはしたけどね。他の先生には言わないでくれるって、だから二人も私が一人で行ってたことは内緒ってことで」

二人は頷いてそれ以上のことは詮索せず、私たちは帰路へとついた。
ユキは帰りの飛行機でエースにお守りを渡したらしい。家に帰る途中の電車で、エースのカバンに私が買ったお守りが新しく付けられていることに気付いた私は、頑張って買いに行った甲斐があったなぁと嬉しくなった。

家に着いてシャワーを浴びて荷物を片付けた後、私はひとりベッドの上で自分で買ったお守りをじっと見つめていた。
片方を先生が持ってくれている。そのことが、なんだか夢のように思えて仕方がないのだ。
先生はあのジンクスをきっと知らないだろう。知っていたら、きっともらってくれるはずがない。写真だってそうだ。私がもう先生への気持ちはないとしっかり告げたからこそ、先生は私を無下にしないで優しくしてくれたのだと、私はちゃんと分かっていた。
写真を見返しすとやっぱりまだ心が苦しくなる。好きだと言う気持ちはどんどん増していく。

好きをやめるにはどうしたら良いんだろう。それとも、隠していればこの気持ちは捨てずにいても良いのだろうか。
先生、好きです。私は誰もいないこの小さな部屋の中でしか、気持ちを言葉に出すことが出来なかった。




 
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