「どうしよう、迷ったかも……」

エースとユキの前で威勢良く駆け出したものの、最初の電車の乗り換えの時点で既に躓いてしまっていた。
中々辿り着かない次の乗換駅に不安になり一度降りてみると、どうやら私は反対方向の電車に乗ってしまっていたようだった。帰りの集合時間までは残り2時間弱。今から元の駅に戻るとなると、結構タイトにスケジュールである。
違うルートでたどりつけないか携帯で調べようとしたところ、「充電してください」という文言とともに電池が切れて画面が暗くなった。

「うそ!」

ショックで思わず声が出てしまう。朝からユキたちと写真や動画をたくさん撮ったため、いつもよりもハイペースでバッテリーを消費していたらしい。さらに、ユキ達と別れた時に身軽な方が良いからと幾つかに持つを渡しており、そのなかに充電器も入っていたため、この場で携帯を復活させる手段は一つも持ち合わせていなかった。
時間に余裕が無い中、どうしようと大きなため息を吐いた。そのとき、誰かが私の肩をポンと叩いたのだ。

「ここでなにしてんだよい」
「わっ!」

突然話しかけられたことにびっくりして飛び上がった私は、聞き覚えのある声に慌てて振り向いた。そこにいたのは、マルコ先生だった。

「一体どこへ行こうとしてんだ。ここらへん、何もねぇだろうが」
「マルコ先生…!」

さっきまで不安な気持ちでいっぱいだったのに、旅行中にちゃんと会話をする機会なんてないと思っていたから嬉しさで顔がにやけそうになる。
大きなため息を吐いた先生は私の頭をコツンと軽く小突いてきた。

「単独行動は禁止って言われてただろ」
「はい…ごめんなさい」
「携帯はどうしたんだ?」
「さっき電池切れになっちゃって」

どうやら先生はユキとエースに会ったらしく、私が一人で行動していることを知ったようだった。先生が電話をくれた頃には既に電池が切れてしまっていたのだろう。
ルールを破って𠮟られるなんて子供みたいだ。恥ずかしさと情けなさで俯いて謝ると、先生は先程小突いたところを今度は優しく撫でてくれた。

「ここからだと、その神社とやらに行くのには時間かかるぞ」
「そう…ですよね」
「仕方ねぇな」

先生は再びため息を吐いたかと思うと私の手を引いて駅の外へと向かって歩き出した。急に掴まれた手首にびっくりする暇もなく先生は早足で進んでいく。そしてロータリーに停まっていたタクシーを見つけると、何も言わずに私と一緒に乗り込んで運転手に神社の名前を告げた。

「先生?」
「タクシー使えばすぐ着く。そうしたら、時間に間に合うだろい」
「えっでも…」
「どうしても行きたいんだろ?」

他の先生や生徒には内緒だからな、と先生は悪い笑顔を浮かべて再び私の頭を撫でた。キュンと胸が疼く。生徒を想う故の厚意だとは分かっているけれど、それでも先生が自分の為に時間を割いて行動して、秘密を持ってくれたことが嬉しくてドキドキが止まらなくなる。

「ありがとうございます」
「言っとくけど、エース達にも余計なことは話すなよい」
「はい、誰にも言わないです」
「あとこれで充電しとけ。おれからもエースには連絡しとくけど、お前と連絡取れないって心配してたから」

先生は充電器を貸してくれた。充電をしながら、ユキは近くの病院に連れて行ってもらって体調は安定していると先生は話してくれた。
タクシーは思ったよりも早く目的地に着き、私たちは車を降りて神社へと向かった。そこそこ混み合っていたが、同じ学校の生徒達はほとんどいないようだった。

「時間あんまりないから、ゆっくりは出来ないぞ」
「わかってます。お参りして、それからお守りだけ買ったらすぐ帰りますから」

先生は私に付き添って一緒にお参りをして、そして社務所まで着いてきてくれた。

「これを買うのか?」
「そうです」
「へぇ、縁結びか」

私はユキに頼まれたお守りを買い、それから自分の分を選び始める。先生は特に興味はなさそうにしていたが、私が選ぶお守りを一緒に見つめていた。
二つセットになったお守りを二人で持つことに意味があると聞いていた。ずっと一緒にられるとか、想いが届くとか。ようやく選び終え、私がお守りを手にしたのを見ると先生は「行くぞ」と声をかけた。

「それ、二つセットだったのか」
「そうです。ユキはもう片方をエースに渡すために欲しかったんです」
「川村はどうするんだよい」
「え?」
「もう片方、余るだろ?それとも二つとも川村がつけるのか?」

まるで私が考えていたことを見透かされたのではないかと、見透かされたうえで牽制されたのかと考えてしまい心臓がドキッと揺れた。
先生への恋心は蓋をすることに決めた。それが正解だと思ったから。私が勘違いしていたと、好きなんかじゃないと。だけど口に出してから、簡単に諦められるほど単純な気持ちではなかったことに改めて気付いたのだ。
言えるはずがない。先生に片方持ってほしいだなんて、そんなこと。

「どうしようかな、あんまり考えてなかったです。せっかくだし、誰かにお土産として渡そうかな」

多分随分と下手くそな笑顔を浮かべていたと思う。そう誤魔化した私の手から先生はお守りを一つ手に取ってじっと見つめた。

「先生?」
「じゃ、これはおれがもらうよい」
「え?」
「タクシー代とここまでついてきた子守代として、な」

先生はそう言って上着のポケットに私が買ったお守りをしまってこちらを見た。
ポカンと固まる私。
どうしよう、嬉しくて、またにやけてしまいそうになる。

「これもみんなには内緒、ですか?」
「……そうだな」

多分赤くなってしまっているだろう自分が恥ずかしくて、私は先生から顔を背けて俯いた。深い意味は無い。分かっていても期待してしまう自分へ必死に言い聞かせる。先生にそういうつもりはないと分かっている。面と向かってそう言われたのだ。だから、私は何も感じちゃいけない。
ぎゅっと自分の手のひらを握りしめた。
時間が無いからと言って先生は再びタクシーを捕まえて集合場所へと二人で向かうことにした。これ以上何か話すと墓穴を掘ってしまいそうで、私はぎゅっと口を結んだままだった。
タクシーの中で、結局私達はほとんど会話を交わすことは無かった。




 
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