「ね、お願い!」
「しょうがないなあ…」


溜息をつきながら上目遣いにお願いしてくる親友に了承の返事をすると、大げさに礼を言われて両手を握られた。
放課後にあるサッチ先生の補習、それがユキの目的である。彼女はリーゼント頭の英語教師に入学して早々一目惚れをしてしまったらしい。確かにサッチ先生は人当たりも良く授業は面白いし女子生徒からモテているが、生憎私にはその魅力があまり理解できなかった。
補習にはほかにもたくさんの生徒がいた。ユキのように先生目当ての女子生徒が大半だと思う。英語はどちらかというと得意科目である私はなんだか後ろめたい気持ちになった。

二人で補習の教室に入ると、既にもう何人かの女子生徒は席についていた。ユキは最前列が埋まっていることに悔しがっていたが、私達が来たことに気付いたサッチ先生はこちらに声をかけてくれた。


「おう、今日は来るの遅かったな」
「だって、掃除当番だったの」
「ちゃんとやったか?担任マルコだろ、お前らが掃除さぼってたら、怒られるのは俺なんだからよ」
「やったよー!あはは、マルコ先生によく叱られてるもんね、先生」


ユキは話しかけられて嬉しそうに先生に近寄って行く。私達が来る前から先生の周りにいた女子生徒達は、話しかけられていたことに対する嫉妬でユキのことを睨んでいた。私は苦笑しつつ彼女の後に続いて先生のところに行くのはやめて、ユキが鞄を置いた隣の席に腰掛けた。

ユキがサッチ先生と話しているのを座って見守っていると、前の扉から一人の男子生徒が入って来た。サッチ先生の補習に男子が来ることは珍しいから、きっと本当に英語が苦手なのだろう。
名前は知っている、確か隣の隣のクラスのエース君。学年じゃ有名な人で、格好よくて、喧嘩が強くて、だけど正義感にあふれてるから女の子にすごくモテている。彼はサッチ先生と少し話すと教室内を見渡して、空いていた私の隣に腰掛けた。
彼は大抵ぶすっとしているけど、前に笑っているところみたことがあるが、笑顔はとても明るくて優しそうだったから、多分、怖い人じゃないのだろう。そうは思っても、学年の人気者の彼と話したことは、クラスも違うしほとんどない。本当にすごくモテるから、自分から話しかけるのは、さすがに難しい。
そんなことを考えていると、ふいに、エース君から話しかけられた。


「なあ」
「え?」
「お前もサッチのファンなわけ?」


周りには私くらいしかいないから、私に話しかけているのには間違いないと思うけど。少しドキドキしながら私は答える。


「ううん。私の親友が、サッチ先生のこと、好きなの」
「ああ、いつも一緒に来てる茶髪の団子頭か」
「そうそう、その子」
「へえ、本当に物好きが多いよな」


エース君はうんざりしたようにサッチ先生に群がる女の子達を眺めた。ユキは、確かに茶髪でよくおだんご頭にしている。エース君みたいな人気者に姿を覚えられているなんてすごいなあと少し感心する。まあ確かに彼女は派手で可愛いから、当然なんだろうけど。
エース君はどうやらサッチ先生の人気が理解できないらしい。私もそれに同意すると、なんだか意気投合して話が進んだ。


「なーんであんなリーゼントがいいんだろうな」
「サッチ先生優しいからね、きっとそこがいいんだろうなあ」
「確かに優しいけどよ、ただ軽いだけなんじゃねーの」
「あはは。確かに、先生チャラそう」


話していると、ようやく補習が始まり、ユキが戻ってきて一旦エース君とは話すのをやめて前に向き直る。


「先生といっぱい話せちゃった」
「ほんと?よかったね」


私達は小声でそう交わし、笑い合った。

補習が終わり、授業後またユキは先生のもとに質問があると言って駆け寄って行った。
私は彼女が戻ってくるまで暇を持て余していると、隣のエース君からまた話しかけられた。


「終わったのに帰らねーの?」
「ユキを待ってるから」
「大変だな、川村も」
「あれ、私の名前知ってたんだ」
「え?あ、ああ、よくサッチに呼ばれてるし」


学年の人気者に名前を知られているのが分かり、少し誇らしくなる。エース君はどうやらユキを待つ私の相手をしてくれるらしく、隣の机の上にどかりと座り込んだ。きっとこういう優しさがモテる理由のひとつなんだろうなあと思う。


「サッチ先生、モテるねえ」
「なんでかさっぱり理解できねぇけどな。俺だったらサッチよりかマルコの方が良い男だと思うけどな」
「マルコ先生?」


私は首をかしげる。私の担任であるマルコ先生は、確かに優しいけれど、厳しいし、なんだか大人過ぎて、少し怖い。


「アイツの方が、絶対いいだろ、サッチなんかよりは」
「おい、エース。さっきから言わせておけば、俺の方がマルコより良い男に決まってるだろ」
「先生何張り合ってんのー」
「私はマルコ先生よりサッチの方が好きだよー」
「おう、ありがとな。どうだ、俺の方がモテるだろ」
「はいはい」


私達の会話にサッチ先生が気付いたらしくそう乱入してきて、そしてまた女の子達との会話に戻って行った。やれやれ、と言った感じでエース君は私を見て笑った。あ、笑顔、かっこいいなあ。


「エース君て、サッチ先生と仲良いよね」
「あー、まあな。てか、エースって、普通に呼び捨てでいいよ。君とか付けられるの、なんか変な感じする」
「そう?じゃあ、私も名前でいいよ。あ、でも知らないよね」
「はは、下の名前も知ってるって。じゃあ、改めてよろしくな、七花」
「うん」


エースは本当に気さくだ。ほとんど初対面に近かったのに、こうして楽しくお喋りすることができるなんて。男友達自体少ない私には新鮮だった。
エースとは、ユキが戻ってくるまでずっと話していた。




 
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