プラトニック | ナノ

指先触れる場所


「最近ほんとにエース君調子良いね」
「へへっ、だろ?」
「うん、こんなに短期間で伸びるなんてすごいよ。志望校、これならきっと合格圏内入るよ」


褒めると嬉しそうにはにかむエース君。その笑顔に、私の頬もついつい緩む。

かわいいなあ。

そんな愛おしい感情が溢れる。彼の志望校は、学部は違えど私と同じ大学だ。当初彼が目指していたところよりもかなりランクを上げたみたいだったが、最近の彼の学力の伸びを見ると無謀な挑戦だとは思えなかった。
私自身、彼と一緒の学校に通えるかもしれないと思うと自然と教えるのにも力が入ってしまう。一生懸命勉強をしているエース君を見つめるこの時間が、今の私にとって一番楽しみで幸せなひと時になっていた。


「合格したら、何かお祝いしてあげるよ。何が欲しいか考えといてね」
「いいよそんなの。ただでさえ教えてもらってるのに…」
「いいのいいの、私がしてあげたいだけだから。ね?」
「…じゃあ、考えておく」


そういってエース君は目をちょっとだけ逸らした。敬語は相変わらず上手く使えていないが、こういう謙虚なところが可愛らしく思えてしまう。いじらしい彼を見ているとついつい腕を伸ばしてしまい、今更引っ込めるわけにもいかず勢いで彼の髪の毛を撫でてみた。
すると、一瞬びくんと震えてこちらを見上げる。


「…な、なんすか」
「いや、可愛いなあと思って」
「女じゃないんで、可愛いなんて言われても嬉しくねえ」
「ふふっ、そんなに拗ねないでよ」
「別に、拗ねてねぇよ!」
「わかったから、静かに、ね」


少し声を荒げたエース君にしーっと人差し指を立てて言うと、「またガキ扱い…」と呟きながらため息を吐いていた。彼が「ガキ扱い」にやけにこだわると気付いたのはつい最近である。私はそんなつもりは無かったが、彼はこうして頭を撫でられたり年下扱いをされると、不服そうに頬を膨らますのだ。

しばらく勉強に集中していると、突然ぴかっと窓の外が曇った。稲妻が空を走る。重い灰色の空からぽたぽたと水がこぼれ出したかと思うと、あっという間に激しい雨になった。


「うわあ、すごい雨」
「今日は遅くまでずっと雨降ってるらしいぜ。朝テレビで言ってた気がする」
「え、うそ。私傘持ってきてない」


エース君の座っている椅子の背もたれには紺色の傘がかかっていた。そういえば傘を持っている彼を見て私は会ったとき疑問に思ったのだ。今日の朝の天気予報を見逃した私は、雨が降るなんてことを知るよしもなかった。

それから幾らか経ったあとに店を出たが、相変わらず雨の激しさは衰えていなかった。


「あーあ、どうしよう。どこか時間つぶそうかなあ。でも夜遅くまで止まないんだよね。じゃあ濡れる覚悟で走って帰った方がいいかな…」


私はため息とともにそう呟いた。家はここから歩いて二十分くらいである。ずぶ濡れにはなるが、帰れない距離ではない。


「じゃあ、また来週。復習しっかりね」
「…………家、こっちっすよね」


傘を持っているエース君は難なく帰れるだろうと手を振って別れようとしたところ、私の手をとってエース君は傘を広げ歩き出した。


「え、エース君?」
「こんな雨の中、傘が無いユイコさんを置いて帰るほど俺は非道じゃねえよ」
「でも私の家と駅、ちょっと距離あるんだよ?」
「それくらい、大したことないっす」
「ていうか、エース君、肩濡れちゃってるし」


二人で並んで歩くこの姿は、所謂相合傘で。ドキドキする胸を抑えつつ、彼の濡れた肩を見た。傘をこちら側に傾けてくれる彼の優しさが、くすぐったい。
エース君は濡れていた自分の肩を見た後、私を見下ろして、そして傘を反対の手で持ち替えて、空いた腕で私の肩をぎゅっと引き寄せた。


「ユイコさんがもっと近寄ってくれれば、濡れねぇんだけどな」


触れ合う体温に、跳ね上がる心臓。びっくりして、エース君の顔を見る余裕なんてなかった。彼は一体いま、どんな表情をしているのだろう。 
雨であたりは冷えているのに、二人の距離が近くて、触れる肌が異様に熱かった。そのことがまた、羞恥心を煽る。


「こっちで合ってますよね?」
「………うん」


道を聞くエース君に、そう短く返事をするので私はいっぱいいっぱいだった。
家に着き、一旦アパートの中に入ってようやく少しだけ距離を保てるようになった。まだ頬の熱が冷めておらず、私は顔も見ずに礼を言った。


「ありがとう、おかげで風邪引かずに済んだよ」
「別にこれくらい。それに、珍しいユイコさんも見れたし…」
「え?」
「いや、なんでもないっす」


小さくて聞き取れなかったエース君の言葉を聞き返すがはぐらかされてしまう。
エース君の肩は、やっぱりだいぶ濡れていた。申し訳なく思う。受験前の大事な時期に、風邪なんてひいたら大変なのに…。「それじゃあこれで」と言って傘を再度開き帰ろうとするエース君の背中を見て、私は思わず彼の腕を掴んで引き留めた。


「ユイコさん?」
「ねえ、うちで少し温まってから帰りなよ」
「え?」


今度はエース君が戸惑う番だ。驚くエース君に有無を言わせず、私は自宅へと招き入れた。


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