プラトニック | ナノ

行き場のない想い



いやな曇り空はただでさえ寒い季節をより凍えさせた。案の定小雨がちらつき始め、手をこすりながら息を吹きかける。
手袋、自分の分も買えばよかったなぁとため息を吐いた。指先は感覚がなくなるほどにかじかんでいく。寒さに耐えられずコートのポケットに両手を突っ込んで小走りでエース君のもとへと急いだ。

待ち合わせ場所には人だかりが出来ていた。今日はクリスマスイブだし、待ち合わせている人がたくさんいるのだろうか。クリスマスは会わないと言ったが、「勉強するだけだから」というエース君のお願いに押し切られて結局約束をしてしまった。エース君にどうしてもと言われるとついつい甘やかしてしまう。
時計を確認すると、もう待ち合わせの時間を5分ほど過ぎていた。エース君からの連絡はない。無断で遅刻をするようなことは今まで無かったのに…。どうしたのかなと不安に思っていると、周りにいる人たちが「警察はまだなの」とか「とか「あの子、大丈夫かしら」などと不穏な噂話をしているのが聞こえてきた。
私はなんだかいやな胸騒ぎがして人込みをかきわけると、どうやら少し先の広場で騒ぎが起きているのが見えた。


「最近随分と大人しくしてたらしいな」
「早くくたばっちまえっ!」
「おい、やべぇってぞこいつ」


そこでは、数人の男の子たちががすさまじい喧嘩をしていた。そのうちの一人が叫んだ名前に私はハッとなり、その姿を探す。

人だかりの中心。エース君は、数人のガラの悪そうな男の人に囲まれて、一人で応戦していた。

唇は切れて血を流していたし、制服もボタンが何か所か外れ袖口にボロボロになっていた。随分な恰好だったが幸い目立った怪我は見えなかった。
しかし彼の後ろに回っていた一人の男の子が、エース君の頭めがけて思いっきり金属バットを振るったのには心臓を縮み上がらせた。危ない。そう思って目を瞑ったけど、からんとバットが地面に落ちる大きな音がしてエース君が何やら叫んでるのが聞こえた。ゆっくり目を開けると、先程バットを持っていた少年を返り討ちにしているエース君が見えた。
どかっと蹴りあげ、しかしまた後ろから殴りかかってくる少年たちをかわして殴り返して。どうやらエース君は相当喧嘩に強いらしいが、それでも顔には疲弊の色が浮かんでいた。
このままじゃエース君が危ない。気が付いたら私は、腕を伸ばしてエース君の名前を大きく呼んでいた。


「エース君!」


エース君を含めたその場にいた全員が、私の方を一斉に向いた。集まった視線に頬が紅潮する。しかしぼーっとしている暇はない。私は驚いた顔のエース君の手をぎゅっと握り、そしてその場を離れるために走り出した。


「なんだあの女」
「あ、待て!」
「追いかけろっ!」


突然現れた私の行動に呆気にとられた彼らは、ワンテンポ遅れてから私達を追いかけだした。
エース君はわけが分からず、というか私を私と認識しきれていない様子で戸惑った表情をしていたが、すぐに私よりも前を走りだし私が手を引かれるようなかたちで追手を撒くように街を走り抜けた。
いつの間にか振り出した小雨が頬に当たり、冷たくて少し痛い。でも、走っているおかげで寒さはあまり感じなかった。後ろを振り返るとエース君と喧嘩をしていた人たちは既に私達を追うことを諦めたようで、人気のない路地裏で私達は止まって息を整えた。


「大丈夫、エース君?怪我とか…」
「平気っす。…それよりユイコさんの方が………」」


繋いでいた手を慌てて離す。なんだか気まずくて目を逸らすと、エース君はその場にしゃがみこんで大きくため息を吐いた。


「迷惑かけて、危ない目に合わせて、すみません」
「謝らなくていいよ。それよりも、エース君が大した怪我しなくて、本当に良かった」
「あんなの、日常茶飯事だから…」
「…ああいう喧嘩が?」


エース君は無言でうなずいた。胸がギュっと苦しくなる。私も同じようにしゃがみ込み、彼の瞳を覗き込んだ。エース君は視線を逸らしたけど、躊躇いがちに口を開いた。


「…喧嘩、売られやすいんだ。カッとなると、周りが見えなくなって、引けなくなって…。本当は、大学受験とかするガラじゃないんすよ、俺。でも、ある人に出逢って、それで俺も将来その人を支えられるようにって、だから……。まあ、勉強したところで、性格まで変わるわけじゃねぇよな。またこうやって暴れて、騒ぎ起こしちまって…」


知らなかった。私はエース君のことを、何も知らなかったんだ。彼が見せる笑顔や照れる姿、明るい姿しか私は見たことがなかった。彼の抱える悩みや気持ちに気付けなかった自分が情けなくて悔しくて、思わず目の前のエース君に腕を伸ばして感情のままに抱きしめた。


「……俺、ユイコさんに、抱きしめられる資格なんてねェっす」
「私が抱きしめたいから抱きしめてるだけだよ」
「でも…」
「こうされるの、いや?」
「………」


エース君は何も答えなかったから、私はそれを肯定と捉えてさらに強く抱きしめた。


「…あれが本当の俺で、あれが俺の日常なんだ。喧嘩ばっかして、どうしようもなくて。…ユイコさんも、関わりたくないって思ったら、無理しないで離れてくれていい。俺のこと、気遣う必要なんてねェから…」


そんな悲しい声で、悲しいことを言わないで。私は話を遮るように、エース君の名前を呼んだ。


「エース君は、優しいよ。どうしようもなくなんてない。優しくて、あたたかい人だよ…」


なんでか分からないけれど、涙があふれて止まらなかった。エース君の鼓動が伝わってくる。私の気持ちが少しでも彼に届いてくれたらいいのにと、強く強く思った。



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