02


頬が濡れていた。いや、頬だけじゃない。全身冷たい雨に打たれていた。
落下していく。その感覚だけは、やけにリアルだった。


「おい、大丈夫か?」


頭上から響いた声に、はっと目を開ける。真っ白な視界。どうやら日が高く昇っているようで、窓から差し込んだ日差しが私の視界を真っ白に染めたようだった。
昨晩と同じ場所で私は眠っていた。目をこすりながらゆっくりと起き上がる。


「うなされてたぞ」
「なんか、夢…を、みていた、ような……」
「何か思い出したのか?」


何か夢を見ていたことだけは覚えていたが、内容までははっきりとしなかった。うなされていたと言われたが、確かになんとなく冷や汗をかいていた感覚があった。
私を心配そうにのぞき込んでくれたマルコの顔をじっと見る。何か……。そうだ、私は記憶喪失になっていたのだ。昨晩のやり取りをしっかり思い出して、しかし何も思い出せることは無く、私は首を振った。


「ごめんなさい。名前すら、思い出せないです」
「…そうか。とりあえず、親父に話に行く必要があるし、シャワーでも浴びておけ。おれは少ししたら部屋に戻るよい」


そう言ってマルコは私にタオルと何処からか持ってきた着替えを渡して、部屋に備え付けられていたシャワー室に通された。シャワー室は鍵をかけられるようになっていた。
マルコが部屋を出る音を聞いてから、私は服を脱いでシャワーを浴びた。

なんだか、不思議な気分である。ここが何処かも分からず、知らない男の部屋でシャワーを浴びるなんて。
与えられた服は、それまで自分が着ていた服とは随分違ったものであった。上に着るシャツは大きく、ショートパンツは短くて、素足が存分に出てしまっていて、それがなんだか恥ずかしかった。しかし服に文句を言うことも出来ず、私はシャワー室を出た。
既にマルコは部屋に戻っていたようで、私の姿を見ると「付いてこい」と言って部屋を出た。


部屋を出て、私はビックリする。ここはなんと、船の上だったのだ。
見渡す限りの海に驚いて立ち尽くしていると、マルコが私を振り返った。


「何止まってんだよい」
「海の上にいただなんて……」
「お前は一体何処にいるつもりだったんだ」
「…分からない、けど。少なくとも、ここに来る前にいた場所は、海の上ではなかった気がするんです」


マルコは不思議そうな顔をしていたが、すぐに早く来いと向き直って歩き出してしまった。
船内を歩く際に何人かとすれ違った。なんというか、皆不思議な恰好をしていた。他の人達もまた、私のことを不思議そうに見ていた。視線が居心地悪く、私はすぐさま下を向いてマルコの足元だけを見ながら後ろを辿った。
彼についていくと、随分と大きな扉が現れてた。彼に続いてその中に入ると、これまた随分と大きな人が椅子に腰かけていた。


「親父、例の女を連れてきた」
「おれも随分長いこと生きたが、そんな話は初めて聞いたな」


大きな体。大きな声。私はその規格外の人間に驚いて、目が合った瞬間尻もちをついてしまった。
確かに私は記憶喪失になっていたが、これほどまでに大きな人間は見たことがない。こんな人間が存在するなんて、そんな馬鹿な。
腰を抜かした私を見て、親父と呼ばれた大きな人はグラララと不思議な笑い方をしていた。

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