01


からだがどんどん落ちていく。恐怖と、安堵。
しかし、地面に追突する前に誰かに体を支えられた。これは一体……。しかしその誰かの顔を見る前に、私は意識を失ってしまった。


目を覚ますと、私はベッドの上にいた。起き上がるのとほぼ同時くらいに、部屋に誰かが入ってきた。不思議な髪形をした男の人だった。


「目、覚めたのか」
「はい……。あの、ここは」
「おれの部屋だよい。誰かもわかんねぇ奴を医務室に運ぶわけにもいかないしな」


おれの部屋…。聞きたかったのはそういうことでは無かったのだが。
ふと、気を失う寸前に見た光景を思い出す。落ちていく体を支えてくれた誰かのシルエットは、ちょうど目の前にいる男の人と似ていた。


「貴方が私を助けてくれた…?」
「空見てたら突然落ちてきたから驚いたよい。お前、一体何処から来たんだ?」


何処からか落ちたことは覚えている。だけど、何処から?思い出そうとすると鈍い痛みで思考を遮られる。


「何処……なんだろ……」
「思い出せねぇのか?」
「わかんない。なんか、思い出そうとすると、頭が痛くて」


私は頭を抱えるようにしてうずくまる。目の前の男が「大丈夫か?」と声をかけてくれて、水の入ったコップを渡してくれた。私はそれをどうにか受け取り、一口飲んで少しだけ気持ちが落ち着いた。


「近くには島もねぇし……。海も穏やかだった。何処から来たのか俺も検討がつかない」
「何も思い出せなくて申し訳ないです…」
「……名前はなんて言うんだ?」


ため息を吐いて彼はそう尋ねた。名前………。思い出そうとして、しかしそれすらも思い出せないことに気付いて怖くなる。私は一体誰なんだ……?


「おい、まさか名前も思い出せねぇのか?」
「……分からない。名前……私の名前………」


急に恐怖が襲ってくる。ここが何処かもわからない。自分の名前さえも思い出せない。自分がどうやって生まれて育ってきたのか。そもそも自分とは一体何なのか。
恐らく青ざめていただろう私の顔を気の毒そうに彼は見ていた。


「とりあえず、もう一回寝ろ。まだ体調も回復したわけじゃないし、起きたら思い出しているかもしれねぇよい」
「…はい」
「近くにいるから、何かあったら呼べばいい」


そういって部屋を出て行こうとする彼の背中を見ると、急に心細くなった。何かあったら呼べばいいと言われても、彼の名前すら分からない。


「あの」
「ん?」


気付いたら呼び止めていた。自分の名前も分からない私が人に名前を尋ねるのは、もしかしたらおかしいのかもしれない。だけど、私は彼の名前を知らなければなならないと感じたのだ。


「名前、貴方の名前は?呼べば良いって言われても、貴方の名前を知らなきゃ、呼べないです」
「……マルコだ。しばらくゆっくりしておけ」


少し意外そうな顔をしたが、すぐ答えて、彼は部屋を出て行った。

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